AIを使う・人が判断する基準は何か。AIに得意な分野を任せることで価値が出る

この記事でわかること
- 生成AIが「ストライクゾーンの真ん中」を出す技術である理由と、そこから外すために人間に残る役割
- AIに任せる仕事と任せない仕事を、「正解があるかどうか」で仕分ける判断基準
- AIのアイデアだけを使う/全否定する/使わない。三つの条件に分けたワークショップの設計と、企業での応用方法
生成AIの活用は、もはや特別なことではなくなりました。速く、安く、それなりの品質のものが得られます。ですが、現場では別の声も聞かれますーー出てきたものが、どこかで見たようなものになる。似たビジュアル、似たコピー、似た企画。
この現象に名前を付けている人がいます。AIと創造性の関係を25年にわたって研究してきたQosmo代表の徳井直生さんは、2026年7月に上梓した『つくることとAI 生成と複製のあいだで』(ビー・エヌ・エヌ)で、生成AIを「平均的なものに引き寄せる重力」を持つテクノロジーだと表現しています。
ただし、その重力に抗う方法は「AIを使わない」ことではありませんでした。取材で繰り返し語られたのは、正解があるかどうかで仕事を仕分けるという、きわめて実務的な基準です。ブランドの表現に関わる人は、どこまでAIに任せ、どこから手を離してはいけないのか。
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AIのアウトプットは「ストライク」を狙ってくる
ーー生成AIの活用が当たり前になる一方で、アウトプットが似てくるという声をよく聞きます。
徳井直生さん(以下、徳井。敬称略):私自身、日々の仕事の中でChatGPTやClaudeを使っています。そのうえで、アイデア出しみたいなところで使うと、皆さんも感じられているように似通った、どこかで見たことあるようなアイデアが出てくるな、というのはかねてから感じていました。
ーー学生時代からDJとしても活動されていますが、AIを使った「AI DJプロジェクト」でも意外性を出すのは難しいのでしょうか。
徳井:そこが一番難しいところだと思います。AIを使ってランダムなもの、無関係なもの、あえてコンテクストを読まないで何か答えを出すことを指示することはできます。ですが、どれくらい外した指示を与えたらいいか、つかみにくい。結局、AIに任せきれない理由がここにあります。
DJのコンテクストでいうと、前の曲に近い曲をかけていくと一応スムーズにつながって成立します。でも、DJは様子を見ながらどこかのタイミングで期待を裏切って予想外の、意外な選曲をすることがあります。「上手く裏切れるか」は、DJとしての腕の見せ所だったりする。それをAIでシステマティックにやるのは、やっぱり難しいのです。それは2015年から続けてきたAI DJプロジェクトの中での一つの気づきでした。
AIは「ストライクゾーンの真ん中」を狙います。つまり、正解を出すのが得意なのです。ストライクが欲しい時にはAIに任せて、あえてボール一個分外すところは人間の役割でしょう。その判断するポイントの差が、人がAIを使ったアウトプットの差になるのではないかと思います。
ーー「ストライク」は正しい回答である一方、一つに収束していきますよね。つまり平均的な回答ばかりになる。
徳井:平均という言葉のニュアンスには、気をつけないといけないと思っています。例えばテストの平均点くらいはとれた、と聞くと高い評価ではありませんよね。ですが、美的なものに関して言うと、「平均的な顔」は誰もが受け入れてくれる顔になるのです。実際、東京大学の原島博先生による「平均顔」の研究では、いろんな人の顔を平均すると、美男美女になるという結果が得られました(※)。人気のある俳優さんは、平均的というより何かしら特徴がありませんか? それが個性になり、受け入れられている。平均顔は美男美女なのですが、あまり印象に残らないのかもしれません。
ただし平均的なアウトプットが「悪いもの」とは言い切れません。見た目は整っている。だから通ってしまう。自分は見抜けると思っていても、実際には「これいいかも」で終わってしまう可能性もあります。注意してほしいのは、「AIを使うと全部平均的なものになる」と言っているわけではありません。平均的なものには、人をものすごく引き寄せる重力があると思っていて。そこに常に注意しながらAIを使っていく必要がある、ということです。
![2015年から続くAI DJプロジェクト。人とAIが交互に曲を選び、つないでいく。適度に期待を裏切る選曲をAIにどう担わせるかが、最大の難所となった。撮影:谷康弘 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]](https://amanajp.g.kuroco-img.app/files/user/topics_img/7/7/insights_6800-02.webp)
正解があるか、ないか
ーー実務では、どこまでAIに任せ、どこから人が判断すべきなのでしょうか。
徳井:ケースバイケースですが、一つの観点としては、「正解」があるかどうかだと思っています。絶対的な正解があるものに関しては、AIをどんどん使っていい。たとえば会議の文字起こしは、表記の揺れはあるかもしれませんが、基本的に正解があって、言ったことを正しく文字起こしができればいい。それはAIを使って全く問題ないし、どんどん使うべきだと思います。ただし、AIを使うべきか否かは、0か1の白黒ではなくてグラデーションがあると思っています。
ーー会議と違い、インタビュー記事には正解がありませんね。
徳井:発言をただまとめるだけだったら、AIでもできます。ですが、どの発言を抜き出すのか、どこに焦点を当ててまとめるかについては正解がありません。
野球の試合の結果を書くだけなら、AIでいいと思います。でも「9回裏のこのシーンが面白かった」という切り出し方は、やはり記者の方の腕の見せ所で。当たり障りのない、それっぽい記事からどう逸脱するか。その記者によって逸脱の仕方が違っていて、それが記者の個性です。記者に限らず、何かを表現する人の差が生まれるところですよね。
AIを使うグループ、使わないグループ
ーーAIと人の関わりをテーマに、参加者を3つの条件に分けたワークショップを実施されています。
徳井:AIと人の共創がテーマのワークショップでのことです。AIのアイデアしか使わないチーム、AIのアイデアを全否定するチーム、そして全くAIを使わないチームです。それぞれのチームで案を出し、その結果を皆で評価するというものでした。結果は「全くAIを使わないチーム」の案が最も評価を集めました。ただ、会社の実務でグループを分けるのは現実的ではないでしょう。「全くAIを使わない」「AIのアイデアしか使わない」といった極端な選択は現実的ではありません。
ーー企業の現場では、どう応用できますか。
徳井:1つのグループ(部署・部門)でも、フェーズに分けて進めることはできるかもしれません。ある課題に取り組むときに、AIをどんどん使って考えるフェーズと、全く使わないフェーズ、AIが出してきたアイデアを全否定するフェーズ。同じグループで、AIを使うモードを変えていくような。
AIを使うと早く回答を得られるため、早くいいアイデアに到達できたと錯覚しがちです。AIより時間がかかっても、人が考えたものが一番よかったということはあり得ます。「均質化の罠」に意識的になるためにも、一度やってみてもいいのではないでしょうか。

言葉にできないものを、どうAIに渡すか
ーーブランドの「らしさ」は言葉になりにくいものです。言葉にできないものを、どうAIに渡せばよいのでしょうか。
徳井:著書で「楽器としてのAI」という言葉を使いました。一つは言語に頼らない、プロンプトに頼らないプロセスを実現するということ。もう一つは、楽器のように自分の入力に対して即座に返ってくる、リアルタイム性をさしています。プロンプトを打って画像が出てきて、またプロンプトを打つ。このフィードバックをなるべく短くして、かつ言語的ではない、それこそシンセサイザーのつまみをひねると画像が変化していく。そういうインタラクションを想定していますが、テキストプロンプトを否定しているわけではありません。問題は、言語そのものが持つ性質にあります。
そもそも言語というのが最大公約数的なものです。私が考えるリンゴと皆さんが考えるリンゴで、形も色も若干違っているのに、同じ「リンゴ」という言葉で表現するわけですよね。だから、言葉を使う時点で何かしら、最大公約数的なものに集約する力が働きます。そこを意識して使える人は、追加のプロンプトを入れたり、何かしら編集したりすることで、最大公約数的なものではなく独自のものをつくれると思います。
ーーテキストに頼らないインタフェースとは、具体的にどのようなものでしょう。
徳井:テキストで色や形を変えるのではなく、スライダーをさわるとイラストに描いた人の年齢が変わっていくような。直感的なインタラクション、つまりデザインアプリのようなAIツールが増えるといいなと思います。テキストのインターフェース、つまり高度な言語化によるやりとりを繰り返すことで、より精度が高いアウトプットが得られると人は錯覚してしまう。実はスライダーでも同じことができるのではないか、その方がより直感的に導き出せるのではないか。そういった可能性にきちんと目を向けていく必要があると思います。特にデザインや音楽の領域では、言語の限界に早々に気づくはずなので。
ーー著書『つくることとAI 生成と複製のあいだで』では「ツール」と「道具」を対比して説明されています。
徳井:「ツール」の場合は、誰が使っても同じ結果・正解に、最小限のコストでたどり着くことをよしとします。一方、似た言葉でも「道具」の場合は、使う側が慣れや訓練によって習熟していくことへの期待を含んだニュアンスの言葉です。例えば道具の中でも、「楽器」ならば「特定の年代のギター」を弾きこなすために練習し、手にしっくりきて、身体化していくようなものを意味します。AIは、今はツールとしてのAIにフォーカスが当たっていますが、ことデザインや音楽のような創作の領域でいうと、楽器のような使い方ができるAIであってほしい。自分の中にスキルが溜まり、どんどん身体化されていく。楽器はそのプロセスを楽しむこと自体がすごく重要ですが、創作するAIもそうであってほしいと思います。
「ブランドらしさ」に答えはない
ーーブランドらしさを打ち出す仕事に、AIはどこまで使えるのでしょうか。
徳井:プロセスの中でAIを使える部分はたくさんあると思います。ただ、ブランドらしさを打ち出すというのは答えがないタスクだと思うので、そういう意味では、やっぱり人間の役割は重要だと思います。規定の路線に乗り、安全なPRキャンペーンを考えるならAIでもいいのだと思います。でも、それを続けていて本当にブランドらしさをキープできるのか。過去に成功した表現をずっと続けていたら、取り残されるだけで、過去にあった「らしさ」は残っていないでしょう。これはブランドに限らず、あらゆるところで起きると考えています。
ーー「らしさ」の欠如は、すでに身の回りで起きているのでしょうか。
徳井:先日、近所のお祭りに行ったら、屋台の看板の大部分がAIで生成されたであろう画像になっていて。そこそこのクオリティなのですが、味がないというか。昔のおじさんの手書きの看板には味があったな、印象に残っているなと思いました。もしブランドで同じことが起きたら、寂しいどころではないですよね。
ーー「らしさ」を保つための判断の基準はありますか。
徳井:ひとつ考えられるのは、自分がやっていて楽しいことにAIはあまり使わない、ということですかね。本を書くのに、私はAIをほとんど使いませんでした。リサーチや、言い回しをちょっと変えたいなという時にアイデア出しに使いましたが、文章は一切書かせていません。それは私が、文章を書くのが好きだから。好きなこと・やりがいを感じることを、なぜAIに譲らなければいけないのだろう、と。
結果的に、それが他人との差別化になると思っています。AIを使ってもっと短時間に書くことはできたと思いますが、それは他の人でもできることです。AIで書いた方が読みやすくて整理された文章になるでしょうが、私の個性や味が残る文章のほうが価値になると思いました。

「創る」から「つくる」へ
ーーAIに長く関わってきた中、ここ数年の一番の変化はなんでしょうか。
徳井:やはり「生成AI」が一気に広がったことが大きくて。5年ほど前は、AIが持っている不完全性や異質さをどのように活かしていくか、AIの異質な部分から新しい気づきを得て、人間の創造性を拡張できるのではないか、というフェーズでした。当時のAIは「人間の思考のプロセスを模倣する」ものでしたが、今の生成AIは「思考の結果としてのテキストや画像を模倣する」に変わりました。結果を模倣して今ある画像やテキストのバリエーションをつくるような、新しいタイプの複製技術とも言えます。私は「フクセイAI」という言い方で表現しています。
ーー著書『つくることとAI 生成と複製のあいだで』では、「つくる」がひらがなです。前著『創るためのAI 機械と創造性のはてしない物語』では漢字でした。
徳井:前著の「創る」は「クリエイト」を意味しています。まさにアーティストやクリエイターが「何かを創る」ということです。今回はクリエイターでなくても、全ての「つくる」を含めたかったという意図がありました。たとえばメイクや料理、教育や次世代をつくり上げることも含みます。アーティストやクリエイターに限定しないで、もっと広い意味の「つくる」とAIの関係を考えようと。
広く「つくる」行為には、意識していないと大量のAIによる「フクセイ」が世に出ることになります。これからは、特にクリエイティブや表現活動に関わっている人にとって、「判断」の重要性はより増していくのは間違いないと思います。
AIは、ストライクゾーンの真ん中を出してくる。そこに手を加える(外す)のは人間の仕事である。徳井さんが示したのは、AIを使うか使わないかという二択ではなく、仕事を仕分ける二つの基準でした。正解があるかどうか。そして、自分がやっていて楽しいかどうか。前者は業務の性質を見る基準であり、後者はそこに関わる人の動機を見る基準です。
徳井さんは、好きだから自分で書いた文章のほうが最終的な価値になると考え、執筆をAIに譲らないことを選びました。その選択が、結果として他者との差になるーーこの考え方は、ブランドの表現においても同じ構造を持っているはずです。
決まった表現を繰り返すだけなら、AIで足りる。ただし、それを続けた先に「らしさ」が残っているかは別の問題です。自社の表現のどこに人が立つのか。その線引きを決めることが、いま求められているのかもしれません。
※原島博研究室(東京大学)「Face Gallery」https://nae-lab.org/facegallery/
文・取材:桑原 勲
写真(ポートレート):INFOTO
▼あわせて観たい:徳井直生氏がゲスト出演!アマナ公式YouTube番組
生成AIの進化により誰もがコンテンツを生み出せる時代だからこそ、人の心を動かす表現には、クリエイター一人ひとりの「感性」や「視点」がこれまで以上に重要になります。アマナ公式YouTubeチャンネルで配信中の番組『amana INSIGHTS presents SENSE ORIGINS ~感性の起源~』では、ミュージシャンのTENDRE氏をMCに迎え、多彩なゲストの創作の原点に迫ります。
本番組に、徳井直生氏がゲスト出演! 記事では語りきれなかった徳井氏の「感性の起源」について、深くひも解いていきます。AIには決して生み出せない「人間の感性の源泉」に触れられるトークセッション。ブランドづくりや表現のヒントを探している方は、ぜひ動画もご覧ください。


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