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シズルで企業の課題解決!シズルのすべてをお伝えするシズルチャンネルシズル感は、ビジュアルコミュニケーションにおいて瞬時に心を掴む要素として不可欠です。これまでの記事でシズルの基礎を学んだ皆さんへ、シズルディレクター兼フォトグラファーの大手仁志が、30年の経験を基に、より具体的なシズル撮影の技術について解説します。これまでの記事vol.1:シズルで企業の課題解決!シズルのすべてをお伝えするシズルチャンネルvol.2:シズル撮影で瞬殺!ビジュアルで心をつかむプロの秘訣vol.3:シズル感で魅力倍増!プロが教える撮影テクニックvol.4:写真が語る“らしさ”とは――伝わるビジュアルをつくる、フォトディレクションの力vol.5:どこまでOK? 優良誤認にならない“シズル表現”とは vol.6:伝わる!麺シズルの極意――箸あげひとつで、おいしさは倍増する vol.7:伝わる!立体シズルの極意――具材の“存在感”が、おいしさを決める シズルディレクター兼フォトグラファー 大手仁志vol.8:伝わる“冷たさ” 表現の極意料理写真において「温度感(熱々、冷え冷え)」を表現することは、見る人の食欲を直接刺激する非常に重要な要素です。写真には味も匂いもありませんが、「温度」の視覚的シグナルを適切にコントロールすることで、あたかもその場で提供されているかのような臨場感を生み出すことができます。 1. 料理写真における「温度表現」の基本概念料理写真の温度感は、主に以下の3つの視覚的要素によって作られます。空気感とテクスチャ:湯気、結露、霜、油脂の溶け具合など光の回し方:ライティングの質と方向色彩コントロール:暖色・冷色の色温度とコントラスト「温度感=料理の「命」の瞬間を切り取ること」温かい料理は「保温」ではなく「作りたて」を、冷たい料理は「冷えている」のではなく「溶け出す/冷気を感じる直前」を表現するのが鉄則です。 とは言え、微調整が必要な広告写真(特に販促系の写真)ではリアルタイムで撮影することが難しいため、それらを演出する方法も用いられます。 2. 冷たい料理(冷感)の表現テクニック冷たい料理(サラダ、刺身、ドリンクなど)で重要なのは「水滴」「霜」「透け感」です。① 水滴・結露のコントラスト(グラスや器)水滴の表現:グラスについた水滴は、サイズ感により温度の違いを表現します。温度がより低い場合(キンキンに冷えたビール)は水滴の粒は細かくなります。逆にそれほど低くない場合(ソフトドリンクの冷たさ)は水滴の粒は大きく表現します。 水滴サイズ違いの写真液温水滴スケールビール:コーラ ② 透明感と立体感を出す(透過光ライティング)ライティング: 氷やジュース、ゼリーなどは透過光(後ろや下から光を透かす)を使うことで、氷の表情などを表現したり、キラキラとしたハイライトによって、涼しげな透明感が強調されます。硬い光の使用:温かい料理には柔らかい光(ソフトボックスなど)を使うことが多いですが、冷たい飲み物にはあえてディフューザーを外した硬い直射光を当てることで、氷のシャープさやキラキラ感を際立たせます。 透過光の有無ハイライト透過光 ディフーザー有無ライティング ③ 器のセレクトと色温度(ホワイトバランス)の設定器のセレクトによっても清涼感の感じ方が変わってきます。厚みのある器より薄手の器、陶器よりガラスの器の方がより清涼感を感じます。ホワイトバランス(WB)を低めに設定し、ほんのり青みがかった爽やかなトーンにします。背景や小物にも青、白、ガラス、シルバーなどの「清涼感」のある素材を合わせます。 器のセレクト清涼感 色温度違いの写真色温度 3. 冷表現テクニックのまとめ表現要素冷たい料理(Cold)の撮影のポイント主役となるシグナル結露(水滴)、氷、透け感、霜基本のライティング透過光・サイド光(硬めの光も活用)ハイライトの質点で光るキラッとした強い反射色温度 (WB)低め(ブルー/青・白寄り)背景・スタイリングガラス、シルバー、アクリル、青・白 4. まとめ①「時間の限界」との戦い温度表現は時間との勝負です。湯気は数秒で消え、氷は数分で溶け、肉の脂は固まります。撮影前の「ダミー(仮組み)」による徹底したライティング調整と、本番のスピード感が不可欠です。また、それらを演出するテクニックが必須となります。②物理的温度と「視覚的温度」の違い実際に料理が熱い・冷たいこと以上に、「人間がそれを熱い・冷たいと認識するシグナル(水滴、湯気、色)」をいかにデフォルメして強調するかが、写真における温度表現の絶対的本質です。 文・撮影:大手仁志 (アマナ) 関連ソリューション・スチル撮影 STILL SHOOTING大手仁志のシズルチャンネル過去記事vol.1:シズルで企業の課題解決!シズルのすべてをお伝えするシズルチャンネル>vol.2:シズル撮影で瞬殺!ビジュアルで心をつかむプロの秘訣vol.3:シズル感で魅力倍増!プロが教える撮影テクニックvol.4:写真が語る“らしさ”とは――伝わるビジュアルをつくる、フォトディレクションの力vol.5:どこまでOK? 優良誤認にならない“シズル表現”とは vol.6:伝わる!麺シズルの極意――箸あげひとつで、おいしさは倍増する vol.7:伝わる!立体シズルの極意――具材の“存在感”が、おいしさを決める
パナソニックのカメラブランド「LUMIX」の新機種「L10」発売、およびブランド25周年に伴うグローバルプロモーション施策をアマナにて担当しました。 ブランドの世界観をシームレスに体現するため、クリエイティブコンセプトの開発から、キービジュアル、各種プロモーションムービー、3DCG、作例撮影にいたるまでアマナで包括的にプロデュース。 膨大なコンテンツの制作に携わる多数のクリエーターたちが、共通した世界観の下でクリエイティブ制作が行えるよう、グローバル共通の指針となるクリエイティブコンセプトとデザインカンプを設計して進めました。 全アウトプットのトーン&マナーが揃うことにより、国内外におけるブランド価値の最大化に寄与しています。
機能性とデザイン性に優れた多数の自社メガネブランドを、日本やアジアなど13か国で展開している「OWNDAYS(オンデーズ)」。 夏のファッションアイテムに欠かせないサングラスの「SUN」シリーズ、クラシカルで上品さと知的さを兼ね備えた「Graph Belle」、アクティブな場面でもしっかりフィットする「MOVE」のビジュアル制作とキャッチコピーの開発を、アマナにて行っています。 メガネをかけることで広がるポジティブな日常を、ターゲットや利用シーンに合わせスチールとムービーの両方から生き生きと表現。Webや店頭で展開され、ブランドの認知とイメージアップに貢献しています。
本記事は企業の広告・ブランド担当者に役立つ本から、気になる一節を数回に分けてご紹介する連載です。読みながら、その本の“考え方”に少しずつ触れていただけます。「伝わるはずのメッセージが届かない」ーーその原因は表現力ではなく、受け手の脳の仕組みにあるかもしれません。本書はカズオ・イシグロ『日の名残り』の執事スティーブンスを例に、人が自分の都合よく現実を書き換える「コントロール理論」を解説します。顧客やターゲットへのコミュニケーション設計を考えるうえで、受け手の脳がどう動いているかを知るヒントになります。~本コンテンツは、書籍『ストーリーテリングの科学』(ウィル・ストー著、府川由美恵訳・フィルムアート社刊)から一部を抜粋・編集したものです(この記事は第1回/全3回)。No.2:人の性格は「育った環境」と「持ち物」に現れるーーブランドコミュニケーションに使える人間理解の視点No.3:「誰の視点で語るか」で、伝わり方は変わるーー文化によって響く物語が異なる理由カズオ・イシグロの名高い小説『日の名残り』には、スティーブンスという名でしか呼ばれない大邸宅の誇り高い執事長が登場し、読者は彼の歪んだ欠点だらけの神経領域へといざなわれる。自分の世界とそのコントロール方法の中核となるスティーブンスの信念は、驚異的な能力を持つ執事だった父親、スティーブンス・シニアから受け継がれたものだ。息子のスティーブンスは自分の職務に情熱を燃やし、父や、父と同じように偉大な執事たちの「特別な資質」について思いをめぐらせる。「品格」の鍵となるのは「感情の抑制」だと彼は考える。イギリスの風景の美しさが「表面的なドラマやアトラクションのなさ」によって引き立つのと同じで、偉大な執事は「外部の出来事にはーーそれがどれほど意外でも、恐ろしくても、腹立たしくてもーー動じ」ないのだと(*1)。感情の抑制こそ、イギリスで最高の執事が育つ理由だ。「大陸の人々が執事になれないのは、人種的に、イギリス民族ほど感情の抑制がきかないからです(*2)」。大陸の民族、そしてその点ではケルト人も、「少し挑発されただけで上着もシャツも脱ぎ捨て、大声で叫びながら走り回る(*3)」。感情の抑制は、スティーブンスの世界の神経モデル構築において中枢となる概念であり、彼のコントロール理論でもある。それに忠実に従えば、自分の環境を巧みにあやつり、望むもの、つまり有能な執事という評判を手に入れることができる。この誤った信念がスティーブンスを定義づけている。それが彼なのだ。スティーブンスのように、欠点を濃縮した緻密さで自分の内に宿している登場人物こそが、もっとも忘れがたく、親近感を感じさせ、魅力的な存在となれるものなのだ。イシグロのこの作品は、スティーブンスの誤った現実認識がいかに彼に害をもたらしてきたかを、静かに、しかし残酷に暴きだす。もっとも胸が締めつけられるのは、スティーブンスが屋敷でおこなわれる重要な会合のために指揮を執っている晩に展開される場面だ。屋敷の2階では、長年の務めからついに体を壊して倒れた老父が、ようやく意識を取り戻したところだ。職務に没頭していたスティーブンスは、父に会うよう説得される。事態の深刻さを察したのか、スティーブンス・シニアは、感情の抑制という自分の鉄鎧を捨て、自分が良い父親だったことを願うと息子に伝える。息子はぎこちなく笑うしかない。「父さんの気分がよくなって、何よりです(*4)」と息子は言う。父は息子に、おまえを誇りに思うと伝える。そしてさらにこう続ける。「お前にとっても、わしがよい父親だったならいいが……。そうではなかったようだ(*5)」「父さん。いま、すごく忙しいのです。また、朝になったら話しにきます(*6)」と息子は答える。その夜遅く、スティーブンス・シニアは卒中を起こす。彼は死の淵に立たされた。息子はふたたび父に会うよう説得されたが、またしても仕事に戻らなければならないと言い張る。階下では、彼の雇い主のダーリントン卿が異変に気づく。「なんだか、泣いているように見えたぞ(*7)」と彼は言う。スティーブンスは慌てて目尻を拭い、笑ってみせる。「申し訳ございません。今日一日の緊張のせいだと存じます(*8)」。その後まもなく父は亡くなるが、スティーブンスはそのときも多忙で付き添えなかった。「父も、いま私に任務を果たしてもらいたいと望んでいるはずです(*9)」と彼はメイドに言う。そして、それが正しいことに疑いを抱きもしない。この一連の場面の素晴らしさーーその心理学的な真実味ーーは、スティーブンスにとってはこれが恥ずべき後悔の記憶ではなく、勝利の記憶であるということだ。実際、イギリスでもっとも偉大で品格ある執事の殿堂に列せられたいと思うのなら、これは彼の売り文句となる。「悲しい思い出にもかかわらず、今日、私はあの夜を振り返るたびに、いつも大きな誇らしさを感じるのです(*10)」とスティーブンスは言う。彼の幻影的な現実モデルは、感情の抑制を重視する価値観を中心に成り立っていた。それは、人がいかに世界をコントロールするべきかについての彼の脳の理論の、核心にあるものだった。そして少なくともスティーブンス自身は、それを見事にやり抜いた。スティーブンスの神経世界は歪んでねじ曲がっていたが、それでもミスター・Bと同じく、彼もそれが完全に正しいことを示す根拠を周囲のいたるところで目にしていた。スティーブンスの現実モデルとそのコントロール理論は、結局のところ機能していたのである。感情の抑制の神聖な価値を信じていたからこそ、スティーブンスはキャリアと地位を築き、父親を失う痛みから自分を守ることもできた。イシグロの小説は、人の欠点とその副次的影響についての、真実の探求だーーサルマン・ラシュディも言うように、これはスティーブンスがいかにして「自分の人生を築き上げてきた信念によって破滅させられた」かという物語だ。神話学者のジョーゼフ・キャンベルは、「人間を真に描写するための唯一の方法は、その不完全さを描写することだ」と述べている(*11)。われわれが物語や人生で出会うのは、まさにこの不完全な人間だ。ただし人生とは異なり、物語は人々を登場人物の心の中に招き入れ、理解させることができる。超社会的に飼い慣らされたわれわれ人間にとって、他者の因果関係、つまり人がそのような行動をとる〝理由〟ほど興味をそそるものはない。とはいえ、物語が与えてくれるのはそれだけではない。頭蓋骨の真っ暗な円蓋に、自分の幻影的宇宙の孤独に永遠に閉じ込められている人間にとって、物語とはちがう世界へのポータルであり、幻影の中に存在する幻影でもあり、そこから脱出できる可能性にもっとも近いものなのだ。 *1;カズオ・イシグロ『日の名残り』土屋政雄訳、早川書房、2001年、42頁および61頁*2;イシグロ『日の名残り』61頁*3;イシグロ『日の名残り』62頁*4;イシグロ『日の名残り』140頁*5;イシグロ『日の名残り』140頁*6;イシグロ『日の名残り』140頁*7;イシグロ『日の名残り』153頁*8;イシグロ『日の名残り』153頁*9;イシグロ『日の名残り』155頁*10;イシグロ『日の名残り』161頁*11;The Power of Myth, Joseph Campbell with Bill Moyers (Broadway Books, 1998) p. 3.[ジョーゼフ・キャンベル、ビル・モイヤーズ『神話の力』飛田茂雄訳、早川書房、2010年〕(この記事は第1回/全3回)No.2:人の性格は「育った環境」と「持ち物」に現れるーーブランドコミュニケーションに使える人間理解の視点No.3:「誰の視点で語るか」で、伝わり方は変わるーー文化によって響く物語が異なる理由▼書籍紹介人は物語によって他者とつながり、ときに対立もしながら、社会を形成してきた。本書は脳科学・心理学の知見をもとに、なぜ人は物語を求めるのか、すぐれた物語はいかに脳を刺激するのかを解き明かす。プロット重視の従来的な物語理論とは対照的に、キャラクターとその〈欠点〉をストーリーテリングの中心に据え、共感を生む物語の仕組みを徹底解剖。小説・映画にかぎらず、マンガ、ノンフィクション、ビジネスシーン、日常の雑談まで、すべての〈物語の語り手〉に読んでほしい一冊。全世界15万部突破。▼書籍情報書名:ストーリーテリングの科学 脳と心をひきつける物語の仕組み著者:ウィル・ストー訳者:府川由美恵出版社:フィルムアート社発売日:2025年12月26日https://www.filmart.co.jp/books/978-4-8459-2414-1/この記事もよく読まれています会議を減らしても、なぜ忙しさは変わらないのか?仕事で直面した困難な状況を解決する「4つの回避術」とは何か「ゼロからつくる」を疑え——既存資産を「ずらす」リブランディングの実践的視点なぜ人は「物語」に共感するのか?ブランド価値を生むナラティブの力なぜ、いま「デザインとは何か」を問い直すのか——成果につながるデザイン、つながらないデザインの違いAI時代に仕事を奪われる人、価値を生み出す人の決定的な違い文・編集:桑原勲
本記事は企業の広告・ブランド担当者に役立つ本から、気になる一節を数回に分けてご紹介する連載です。読みながら、その本の“考え方”に少しずつ触れていただけます。人の性格は、遺伝だけでは決まりません。育った場所、住んでいる空間、身の回りの持ち物ーーそうした環境との相互作用が、その人らしさを形成します。本書はこの仕組みを心理学の「ビッグ・ファイブ」から解説します。ターゲットを深く理解したいとき、人物像をリアルに描きたいとき、その手がかりになります。~本コンテンツは、書籍『ストーリーテリングの科学』(ウィル・ストー著、府川由美恵訳・フィルムアート社刊)から一部を抜粋・編集したものです(この記事は第2回/全3回)。No.1:なぜ正確に情報を伝えても、顧客は動かないのかーー受け手の脳が「都合よく書き換える」メカニズムNo.3:「誰の視点で語るか」で、伝わり方は変わるーー文化によって響く物語が異なる理由性格とプロット登場人物を設計する際、その人物のコントロール理論について考えてみることは非常に有益だ。彼らは世界のコントロールをどうやって学んだのか? 予想外の変化が起きたとき、混乱と闘うべく彼らが自然に選ぶ中心的な戦術は何か? 彼らの標準的な反応、誤った反応とはどんなものか? その答えは、ここまで見てきたように、登場人物が持つ現実についての中核的な信念、つまり彼らが自己意識を形成するうえで中心とし、必死に守ってきた重要な観念から生まれてくるものだ。ただ、その人がどんな人間であるかは、その不完全さや奇妙さも含め、遺伝的要因による部分も大きい。遺伝子は、人がまだ子宮内にいるときから脳やホルモン系の配線を開始する。人は未完成の状態で誕生する。その後、幼少期の出来事や体験が、遺伝子とともに、人の中核となる性格を形成していく。つらい出来事によって心理的破綻を起こすのでもないかぎり、この性格は生涯を通じて比較的安定した状態で残り、年齢を重ねるうえで予測できる形でしか変化しないことが多い(*1)。心理学者が用いる性格の尺度は5つあり、作家が登場人物の設定を考えるのにも役立つ。外向性が高い人は社交的で自己主張が強く、注目と刺激を求める。神経症傾向が高い人は、不安が強く自意識過剰で、鬱、怒り、自尊心の低下に陥りやすい。開放性が高い人は、好奇心旺盛で、芸術的で感情豊か、新しいものにも寛容だ。協調性が高い人は、謙虚で思いやり深く人を信頼しやすいが、協調性のない敵対者に対しては競争心や攻撃性を向けることがある。誠実性が高い人は秩序と規律を好み、勤勉さ、義務、序列を重んじる。心理学者が、これらの特性をフィクションの登場人物に当てはめている。ある学術論文には次のような例がある(*2)。神経症傾向(高)──ミス・ハヴィシャム(チャールズ・ディケンズ『大いなる遺産』)神経症傾向(低)──ジェームズ・ボンド(イアン・フレミング『007/カジノ・ロワイヤル』ほか)外向性(高)──バースの女房(ジェフリー・チョーサー『カンタベリー物語』)外向性(低)──ブー・ラドリー(ハーパー・リー『アラバマ物語』)開放性(高)──リサ・シンプソン(マット・グレイニング『ザ・シンプソンズ』)開放性(低)──トム・ブキャナン(F・スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』)協調性(高)──アレクセイ・カラマーゾフ(フョードル・ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』)協調性(低)──ヒースクリフ(エミリー・ブロンテ『嵐が丘』)誠実性(高)──アンティゴネ(ソポクレス『アンティゴネ』)誠実性(低)──イグネイシャス・J・ライリー(ジョン・ケネディ・トゥール『愚か者同盟』)〝ビッグ・ファイブ〟と呼ばれるこれらの性格特性は、スイッチのようなものとはちがうーー人の性格はどれかひとつに限られるわけではなく、むしろダイヤルのように多かれ少なかれ各特性を含んでいて、その高低の組み合わせにより独自の自己を形成している。性格はその人のコントロール理論に強力な影響を与える。それぞれの性格には、環境をコントロールするための異なる戦略がある(*3)。迫りくる予期せぬ変化に対し、攻撃的になって暴力に訴える人もいれば、魅力をふりまいたり、媚びへつらったりする人もいるし、議論したり、撤退したり、子どもっぽくふるまったり、合意交渉を試みたり、策を講じたり、嘘をついたり、脅し、賄賂、ペテンに訴えたりする人もいる。このようにして、ユニークで興味深いフィクションの登場人物が、ユニークで興味深いプロットを生みだす。心理学者のキース・オートリー教授は、「目標、計画、そして行動は、登場人物から生まれる」と書いている(*4)。人が自分のやり方で世界と関わるとき、世界もそれに応じた反応を示し、独自の因果関係の旅、すなわち独自のプロットが始まる。怒りっぽく神経症傾向のある人物は、面倒で気難しい主張を世界に送りだし、そこから返ってくるネガティブな影響に対処しなければならない。厄介なフィードバックのループが生じると、自分が理性的かつ合理的に行動していると確信していた神経症傾向の人物は、ふたたび敵意と非難の土牢へと放り込まれる。週が変わるたびに妄想やいらだちをかき立てる出来事が増え、ほかの人々にもネガティブな感情が芽生え、気づけば、ごく平均的な笑顔の多い快活な人々とはまるでちがう神経領域で生きていることになる。こんなふうに、脳の構造のわずかなちがいが積み重なることで、人生やプロットにも大きな差が生まれる。人がどのような未来を歩むかは、性格からも予測することができる。誠実性の高い人は、平均以上に安定した仕事や、満足のいく生活を享受する傾向がある(*5)。外向性の高い人は、色恋沙汰(*6)や交通事故(*7)の確率が高くなる。協調性の低い人は、もっとも給料の高い地位に昇進するための闘いを得意とすることが多い(*8)。開放性の高い人はタトゥーを入れ(*9)、不健康な生活をし(*10)、左翼政党を支持する確率が高い(*11)のに対し、誠実性の低い人は刑務所に入る可能性が高く(*12)、年間約30%の死亡リスクがある(*13)。女性と男性とでは相違点よりも類似点のほうが多いが、それでも性差はある。調査報告におけるもっとも信頼性の高い発見のひとつは、女性よりも男性のほうが協調性が低い傾向にあるということで(*14)、平均的な男性の協調性のスコアは、女性のおよそ60%(研究によっては70%)未満だという。同様の性格の差は神経症傾向にも見られ(*15)、平均的な男性のスコアは、女性のおよそ65%未満だという。ケント州の田園地帯の僻地、荒れた小道の突き当たりに建つコテージの薄暗い部屋の片隅でこの本を書いている、外向性が低く神経症傾向が高い私から言わせてもらうと、性格が運命を左右するほどの影響力を持つことはまぎれもない事実だ。執事のスティーブンスが奉仕の仕事に惹かれたのは、並外れて誠実性が高く、開放性と外向性が低かったからかもしれない。当然ながら性格は遺伝するため、彼の性格は尊敬する父親から受け継いだものだったのかもしれない。一方、チャールズ・フォスター・ケーン、すなわち市民ケーンは、協調性も神経症傾向も低く、外向性が高かった。とんでもなく野心的で、自己疑念に欠け、他者からの承認を渇望していた。ほかでもないこの3つの性質が、彼の性格を特徴づけ、人生の筋書きを形作る決断を左右したのだと考えられる。性格と設定物語作家は、登場人物のほぼすべての行動に性格を反映させることができる。思考、会話、社会的行動、記憶、欲望、悲しみ。交通渋滞でどんなふるまいをするか、クリスマスに対してどんな思いがあるか、ミツバチにどう反応するか。「人間の性格にはフラクタルのようなところがある」と、心理学者のダニエル・ネトル教授は述べている(*16)。「自分の人生の大がかりな物語ーー愛、仕事、友情ーーにおけるわれわれの行動は、時間の経過とともにある程度の一貫性を保ち、同じような成功や失敗をくり返す傾向があるが、それだけではない。むしろ、買い物、服装、電車で見知らぬ人とする会話、家の装飾などの小さな交流における行動も、その人の人生全体に見いだされるのと同じパターンを示すものだ」人間の環境は、そこで暮らす人々についての手がかりにあふれている。人は自分が何者なのかを広く伝えるために、〝アイデンティティの主張〟をおこなう(*17)。証明書、本、タトゥーなど、なんらかの意味のある物を持つことも主張の一環だ。アイデンティティの主張は、彼らが他者にどう思われたいのかを教えてくれる。人は〝感情の調節器〟として、モチベーションを高めるポスター、アロマキャンドル、あるいは、ノスタルジーや興奮や愛されていることを感じられるアイテムを使う。外向的な人は明るい色に活力を感じることが多く、家の装飾や服にそうした色を選ぶ傾向があるが、内向的な人は落ちついたおだやかな色調を好む。心理学者は人々が偶発的に置き去りにするものを〝行動の残留物〟と呼ぶ。隠してあったワインボトル、破かれた原稿、壁を殴りつけた跡。心理学者のサム・ゴズリング教授は、「その人の送る信号が、自分自身に対してと、他者に対してとで異なるケースに注意したほうがいい」と警告している(*18)。プライベートな空間で伝えようとする自分と、廊下やキッチンやオフィスで伝えようとする自分がちがう場合、苦痛に満ちた「自己の断片化」を暗示している可能性があるからだ。ゾーイ・ヘラーは小説『あるスキャンダルについての覚え書き』で、主要人物2人の神経モデルを読者に伝えるため、家庭環境というものをうまく利用している。語り手のバーバラ・コベット(開放性と協調性が低く、誠実性が高い人物)がシバ・ハート(バーバラと正反対の人物)の家を訪れる場面で、読者は2人の対照的な性格に深く触れることができる。まれに自分のアパートメントに客が来るとき、バーバラは「念入りに」掃除し、猫の毛並みまで整える。それでもなお彼女は「手入れの行き届いた居間ならぬ、洗いもの入れをさらしているかのように」「ひどく露わな気分」を味わう(*19)。シバはちがう。シバの居間に入っていったバーバラは、そこに「ブルジョワ的な自信」と「耐えがたい」ほどの「無秩序ぶり」を見る(*20)。居間には「俗っぽくばかでかい家具」や「子供たちの迷子になった下着」、そして「これはアフリカあたりのだろう、近づきすぎたら臭そう」な「原始的な木の楽器」がある(*21)。マントルピースは「家族のがらくたの集合地点だった。子供の描いた絵。ピンク色の粘土のかたまり。パスポート。いささか熟しすぎた感のある、バナナ一本(*22)」この環境がバーバラの中で、自分でも驚くような反応を引き起こす。この乱雑さをバーバラは羨ましく思うのだ。そして、そのとき生じた憂鬱な思いが、バーバラの性格をさらに浮き彫りにする。それはまた、性格というものが、人々が占有する空間に否応なく滲みでてくるということを物語ってもいる。一人暮らしをしていると、その調度が、所有物が、自分の存在の希薄さを耐えず突きつけてくる。自分が手を触れるすべてのものの由来を、この前はいつ触れたのかを、痛いほど正確に覚えている。ソファに配した小ぶりのクッション五つが、何ヵ月も変わらない小粋な角度でふんわりと傾いたままだーーわざとらしく散らかさないかぎりは。塩入れの塩が、来る日も来る日も、耐えがたいほど同じペースで減っていく。シバの家で、こうして住人たちのごたまぜのがらくたを見るにつけ、自分の乏しい家財もほかの人のとあわせたら、どんなにか慰められるだろうと思われた(*23)。このあざやかで心を揺さぶる一節で、読者は、5つのふっくらしたクッションと塩の中に孤独の叫びを聞く。人間は周囲の環境に意味深な手がかりを残す傾向があり、ジャーナリストが取材相手の自宅でのインタビューを好むのはそのためでもある。リン・バーバーは、偉大な建築家のザハ・ハディドを取材する際、本人が到着する前に、広報担当者の案内で「何もない真っ白なペントハウス」に通されたという(*24)。ハディドが2年半暮らしたそのアパートメントには、「自動車のショールーム程度の親密さ」しか感じられなかったとバーバーは書いている。極端で、威圧的で、無情だ。カーテンも、カーペットも、クッションも、なんの室内装飾もない。家具(家具と呼んでよければだが)は強化ガラス繊維製のつるつるした不定形の品で、自動車用塗料が塗られている。彼女の寝室は、ほんのわずかながらまだ居心地が良く、少なくともベッドとわかるものと小さめのオリエンタル・ラグ、それに彼女のジュエリーや香水瓶が並んだテーブルがあるが、それで全部だ。バーバーによれば、部屋は「住人の人格の手がかりを与えてくれるはずの場所だが、ここは非人格性の表現の場のように見える」。バーバーの鮮明かつ表現豊かな描写は、まぎれもないハディドの心のモデルをふんだんに読み手に与えてくれる。読者はハディドが部屋に現れる前から、彼女がどんな人物かを理解しはじめることだろう。 *1;'A Coordinated Analysis of Big-Five Trait Change Across 16 Longitudinal Samples', ElieenGraham et al., PrePrint: https://psyarxiv.com/ryjpc/.*2;"The Five-Factor Model in Fact and Fiction', Robert R. McCrae, James F. Gaines & Marie A.Wellington, 2012, DOI: 10.1002/9781118133880.hop205004.*3;Personality Psychology, Randy J. Larsen, David M. Buss & Andreas Wismeijer (McGraw Hill,2013).427頁では、以下のとおり11の操作戦略が分類されている。魅力(「彼女にそれをやってほしいときは情愛を込めて頼む」)威圧(「彼がやるまで怒鳴る」)沈黙(「彼女がやるまでは口をきかない」)理由づけ(「なぜ彼にやってほしいのか説明する」)退行(「彼女がやるまで泣き言を言う」)へりくだり(「彼がやってくれるように従順なふりをする」)責任の嘆願(「彼女にやると約束させる」)強硬手段(「彼にやらせるために殴る」)快楽誘導(「やるとどれだけ楽しいかを彼女に見せる」)社会的比較(「みんなもやっていると彼に言う」)金銭的報酬(「金銭の報酬を申しでて彼女にやってもらう」)*4;Such Stuff as Dreams, Keith Oatley (Wiley-Blackwell, 2011) p. 95.*5;Personality Psychology, Randy J. Larsen, David M. Buss & Andreas Wismeijer (McGraw Hill,2013) p. 69.*6;'Sextraversion', Dr David P. Schmidt, Psychology Today, 28 June 2011.*7;Personality Psychology, Randy J. Larsen, David M. Buss & Andreas Wismeijer (McGraw Hill,2013) p. 68.*8;Personality, Daniel Nettle (Oxford University Press, 2009)p.177.【ネトル『パーソナリティを科学する』】*9;Personality Psychology, Randy J. Larsen, David M. Buss & Andreas Wismeijer (McGraw Hill,2013) p. 70.*10;Snoop, Sam Gosling (Basic Books, 2008) p.99【サム・ゴズリング『スタープ!一あの人の心ののぞき方』篠森ゆりご説、講談社、2008年】*11;Personality Psychology, Randy J. Larsen, David M. Buss & Andreas Wismeijer (McGraw Hill,2013) p. 70.*12;Personality Psychology, Randy J. Larsen, David M. Buss & Andreas Wismeijer (McGraw Hill,2013) p. 69.*13;Personality, Daniel Nettle (Oxford University Press, 2009) p. 34.【ネトル『パーソナリティを科学する』】*14;Personality, Daniel Nettle (Oxford University Press, 2009) p.177.〔ネトル『パーソナリティを科学する』】ネトルは70%という数字を引用しているが、本書の校正を依頼した専門家のひとりであるスチュアート・リッチー博士によれば、ネトルが引用した研究は正当なものだが、同様に正当なほかの研究ではそこまで極端ではないスコアも出ているとのことだった。60%のほうが、引用するには安全な数値だと判断した。*15;スチュアート・リッチー博士のコメントより。*16;Personality, Daniel Nettle (Oxford University Press, 2009) p.7.〔ネトル『パーソナリティを科学する』]*17;Snoop, Sam Gosling (Basic Books, 2008) pp.12-19.【ゴズリング『スタープ!』〕*18;Snoop, Sam Gosling (Basic Books, 2008)p.19.〔ゴズリング『スタープ!』〕*19;ゾーイ・ヘラー「あるスキャンダルについての覚え書き』栗原百代訳、武田ランダムハウスジャパン、2005年、117頁*20;ヘラー『あるスキャンダルについての覚え書き』117-118頁*21;ヘラー『あるスキャンダルについての覚え書き』117頁*22;ヘラー『あるスキャンダルについての覚え書き』117頁*23;ヘラー『あるスキャンダルについての覚え書き』118頁*24;“Zaha Hadid, Lynn Barber. Observer, 9 March 2008.(この記事は第2回/全3回)No.1:なぜ正確に情報を伝えても、顧客は動かないのかーー受け手の脳が「都合よく書き換える」メカニズムNo.3:「誰の視点で語るか」で、伝わり方は変わるーー文化によって響く物語が異なる理由▼書籍紹介人は物語によって他者とつながり、ときに対立もしながら、社会を形成してきた。本書は脳科学・心理学の知見をもとに、なぜ人は物語を求めるのか、すぐれた物語はいかに脳を刺激するのかを解き明かす。プロット重視の従来的な物語理論とは対照的に、キャラクターとその〈欠点〉をストーリーテリングの中心に据え、共感を生む物語の仕組みを徹底解剖。小説・映画にかぎらず、マンガ、ノンフィクション、ビジネスシーン、日常の雑談まで、すべての〈物語の語り手〉に読んでほしい一冊。全世界15万部突破。▼書籍情報書名:ストーリーテリングの科学 脳と心をひきつける物語の仕組み著者:ウィル・ストー訳者:府川由美恵出版社:フィルムアート社発売日:2025年12月26日https://www.filmart.co.jp/books/978-4-8459-2414-1/この記事もよく読まれています会議を減らしても、なぜ忙しさは変わらないのか?仕事で直面した困難な状況を解決する「4つの回避術」とは何か「ゼロからつくる」を疑え——既存資産を「ずらす」リブランディングの実践的視点なぜ人は「物語」に共感するのか?ブランド価値を生むナラティブの力なぜ、いま「デザインとは何か」を問い直すのか——成果につながるデザイン、つながらないデザインの違いAI時代に仕事を奪われる人、価値を生み出す人の決定的な違い文・編集:桑原勲
本記事は企業の広告・ブランド担当者に役立つ本から、気になる一節を数回に分けてご紹介する連載です。読みながら、その本の“考え方”に少しずつ触れていただけます。同じ内容でも、「誰の視点で語るか」によって、受け手の入り込み方は変わります。本書は、読者が物語に入り込む入口が「視点」であることを示し、さらに文化によって響く物語の形が異なる——西洋は個人、東洋は集団に重きを置くーーと解説します。国内外に向けたブランドコミュニケーションを考えるときの手がかりになります。~本コンテンツは、書籍『ストーリーテリングの科学』(ウィル・ストー著、府川由美恵訳・フィルムアート社刊)から一部を抜粋・編集したものです(この記事は第3回/全3回)。No.1:なぜ正確に情報を伝えても、顧客は動かないのかーー受け手の脳が「都合よく書き換える」メカニズムNo.2:人の性格は「育った環境」と「持ち物」に現れるーーブランドコミュニケーションに使える人間理解の視点性格と視点性格が強い力を持つことは確かだが、人間は、内向的、外向的、その他の性格、などと単純に分類できるものではない。人の特性は、文化・社会・経済環境や、個々の経験の影響を受けつつ、自分がその中で生きる独自の神経世界を構築していくものだ。物語において、自分とまったく異なる精神を持つ人物に突然出会い、その過程で登場人物の性格や物語の展開が明らかになっていくのは、これ以上なくスリリングな体験だ。主人公の視点が、物語の中でわれわれを方向づけてくれる。それは手がかりの地図であり、主人公の欠点や、彼らが生みだそうとしているプロットについてのヒントであふれている。フィクション作品において、このことはもっとも過小評価されている要素だと私は考えている。完璧で無邪気で、人の形をしただけの取るに足らない存在に、多少のひねりがひとつかふたつ加えられた単なる輪郭線のような登場人物が、プロット上の出来事に色づけされるのを待っているところから始まる小説や映画は大量にある。それよりも、欠点はあるが魅力的で具体的で、リアルな心を持った人物やその人生に、気づけば自分も最初のページから引き込まれ、驚きや興奮を覚えるほうがずっといい。チャールズ・ブコウスキーは、小説『郵便局』の冒頭で、このことを見事に表現している。最初は勘違いから始まった。クリスマスの時期で、おれは丘の上の酔っぱらいから聞いた。やつは毎年クリスマスにこの仕事をやってたんだけど、ほとんど誰でも雇ってもらえるらしい。だからおれも出向いて行って、気づいたら革の鞄かばんを背負って、暇なときに歩き回ってた。なんて仕事だ、おれは思った。楽勝だ! 一、二地区しかやれとは言われなかったし、やりおおせたら、本職の郵便配達が別のどの地区で配ればいいか教えてくれる。あるいは、局に戻ると局長が別の地区を教えてくれる。でもただ時間をかけて、郵便受けの口にクリスマスカードを押しこんでればいい(*1)。『郵便局』の舞台となるブルーカラーの街ロサンゼルスからはまるでかけ離れた、ロンドン北部のクリックルウッド・ブロードウェイで、47歳のアーチー・ジョーンズが自殺を図る場面から始まるのが、ゼイディー・スミスの『ホワイト・ティース』だ。「コーデュロイの服を着て、排気ガスの充満する自分の車、キャバリエ・マスケッティーア・エステイトのなかで両のこぶしに握りしめているのは、軍隊でもらったメダル(左)と結婚許可証(右)。過ちもいっしょに持っていこうと決めたのである。アーチーは入念な計画を立てるほうではない─遺書とか、葬儀の指示とかーーややこしいことはいらない。ただ、わずかばかりの静寂がほしいだけだ。集中できるように、ちょっと静かにしていてくれたらそれでいい。店が開く前に片をつけてしまいたかった(*2)」優れた現代小説は、物事や出来事を神のような視点から描くのではなく、登場人物独自の観点から描いていることが多い。人生と同じで、われわれが遭遇するものはすべて、客観的な外面的現実ではなく、登場人物の内部にある神経領域の構成要素だーーすなわち、どれほどリアルに見えようとも、その人の頭の中にしか存在せず、それ自体がまちがったものでしかない、コントロールされた幻影なのだ。フィクションにおいては、すべての状況描写は登場人物の状況描写として機能すると言っても過言ではないだろう。ジェームズ・ボールドウィンの小説『もう一つの国』で、1950年代のアメリカで生きのびようとする不遇のアフリカ系アメリカ人ルーファス・スコットが、ハーレムのジャズ・クラブに足を踏み入れる場面は衝撃的だ。ステージで演奏するサックス奏者の描写は、スコット自身、スコットの世界、それをコントロールしようとするスコットのままならない日々に関する情報だけでなく、彼が目にしているミュージシャンについての情報も、生き生きと伝えてくるのである。彼は両脚を大きく開いて舞台に立って、背をまるめ、巨大な胸をふくらまし、二十何年かの苦闘を偲しのばせる身体を震わせながら、サキソフォンを吹いて、愛シテクレルカ?愛シテクレルカ?愛シテクレルカ?と絶叫した。続いてまた、愛シテクレルカ? 愛シテクレルカ? 愛シテクレルカ?ーーすくなくともルーファスの耳にはそう問いかけているように聞こえたのだ。同じことばが、青年の力のかぎりを傾けて、やりきれないまでに、いつまでも、さまざまな色調をたたえてくり返された。それにしてもその問いかけはすさまじく、なまなましかった。彼は、胸いっぱい、腹いっぱいに、その長からぬ過去の思いを吹いていた。その過去のどこか、どん底の暮しのなかや、徒党を組んでやったけんかやいたずらのなかで、あるいは、すこしのゆとりもなかった家のなかや、精液でこわばった毛布の上や、マリハナやヤクの陰や、アパートの地下室の小便の臭いの下で、彼はけっして瘉いえることのない打撃を与えられたのだ。そしてそのことをだれもが信じたくなったのだ。愛シテクレルカ? 愛シテクレルカ? 愛シテクレルカ(*3)?文化と登場人物ーー西洋の物語VS東洋の物語現実世界の人間やフィクションの登場人物が、欠点のある特異な人間となるもうひとつのルートとして、文化がある。〝文化〟と言えば、オペラや文学、ファッションのスタイルなど表面的な現象としてとらえられることが多いが、実のところ、それらは人が持っている世界モデルに、じかに深く組み込まれている。幻影的な現実を構成する神経機構の一部を、この文化が形作っているのだ。文化は、われわれの経験する人生という名のレンズを歪めたり狭めたりして、強力な影響力を及ぼす。人がそのために闘い、命を賭けて守ろうとする道徳規範を規定するのも、美味しいと感じる食べ物の種類を決めるのも、この文化だ。日本人はハチの幼虫から作られる珍味〝蜂の子〟を食べる。パプアニューギニアのコロワイ族は人肉を食べると言われている。アメリカ人は年間100億キログラムの牛肉を消費するが、牛を神聖視するインドでは、ステーキサンドを食べただけで自警団に殺されることがある。正統派ユダヤ教徒の妻は、下劣な男にたとえわずかでも魅惑的な髪を見せないよう、頭を剃ってかつらをかぶるしきたりになっている。エクアドルのワオラニ族は、ほとんど何も身につけず生活する。環境をできるだけコントロールするためにはどんな人間になるべきか、脳が次々と考えていかなければならない幼年時代のうちに、こうした文化的規範も生活のモデルに組み込まれていく。0歳から2歳のあいだ、脳は毎秒およそ180万の神経結合を生成する(*4)。この順応性、もしくは〝可塑性〟が高まる状態は、思春期後期から成人初期まで続く。脳は遊びからも学習する。イルカ、カンガルー、ネズミなどのたくさんの動物が、ルールに基づいた楽しい探索的交流をおこなっている。だが、家畜化され、コントロールを学ばなければならない複雑な社会環境で生きる人間にとって、遊びの重要性はそれ以上に高い。人間の幼少期が非常に長い主な理由はここにある(*5)。人間は、ゲームから教育、そしてストーリーテリングにいたるまで、さまざまな遊びの形式を進化させてきた。ストーリーテリングも含め、通常、遊びは大人が監督するものである(*6)。何が正当で何が不当か、何に価値があり何にはないか、人はいかにふるまうべきかを大人が子どもに伝え、自分たちの文化モデルに従って行動したか否かによって罰や褒美が与えられる。保護者は子どもに道徳的な物語を読み聞かせるばかりでなく、物語のメッセージを強調するために、独自の語りを加えたりもする。遊びは社会的な心の形成に不可欠だ。反社会的的殺人犯のバックグラウンド調査によれば、彼らの90%は幼少期の遊びの体験が極端に少ない、もしくは、サディズムやいじめなど異常な遊びの体験があり、それ以外に顕著な共通項が見られなかったことは注目に値する(*7)。文化の多くがその人のモデルに組み込まれ、神経領域が調整され特化されるのは、生まれてから7年のあいだとされる(*8)。西洋の子どもたちは、約2500年前の古代ギリシャで生じた個人主義文化の中で育つ。個人主義者は個人の自由を崇拝し、世界は個々の断片や部分から構成されていると認識する傾向がある。これが一連の特殊な価値観を生みだし、われわれが語る物語にも強い影響を与えている。個人主義は古代ギリシャの地形的背景から生まれた思考様式だと考える心理学者もいる(*9)。古代ギリシャは岩が多く起伏のある海岸沿いの土地で、農業などの大規模な集団活動には適していなかった。生きるためには、なんらかの商売、つまり皮なめし、狩猟採集、オリーブオイル生産、漁業など、小さな事業を営む必要があった。古代ギリシャにおいて世界をコントロールするには、自立するのが最善策だったのだ。個人の自立が成功の鍵となれば、万能の人間になることが文化的理想となる(*10)。古代ギリシャ人は、個人の栄光や完成や名声を求めた。個と個の伝説的競争の場であるオリンピア祭典競技を考えだし、50年にわたって民主主義を実践した。自己への固執が強くなるあまり、厄介な自己愛の権化であるナルキッソスの物語で、その危うさを警告せざるを得なくなるほどだった。個人という概念がおのれの力の中心に置かれ、暴君や運命や神々の気まぐれの奴隷にされることなく、自分の望む人生を自由に選べるという考え方は革命的だった。心理学者のヴィクター・ストレッチャー教授は、この概念が「因果関係についての人々の考え方を変え、西洋文明の先駆けとなった」と述べている(*11)。この、押しが強く自由を愛する自己を、東洋で生まれた自己と比較してみよう。古代中国のうねるように広がる肥沃な土地は、大規模な集団活動にはうってつけだった。生きるためには、広い範囲にまたがって小麦や米を育てる共同体の一員になるか、大がかりな灌漑事業に関わるかだった。こうした場所で世界をコントロールするには、個人よりも集団の成功を確保することが最善の方法だったのだ。つまりは、つねにおとなしくして、チームプレーヤーに徹することが求められる。こうした集団的コントロール理論は、集団的な理想の自己につながっていった。『論語』の中で、孔子は「優れた人」とは「自分を誇らず」、むしろ「徳を隠す」ことを好む人であると言ったとされている。こうした人間は「友好的な和を育み」、「平衡と調和の状態を完全な形で存在させる」のだと。7000キロも離れた場所に出現した押しの強い西洋人と比べると、まったく異なる理想像だ。古代ギリシャ人にとって、コントロールの主役は個人だった。古代中国人にとっては集団だった。ギリシャ人にとっての現実は、個々の断片や部分で構成されていた。中国人の現実は、相互に結びついた力の場だ。このような現実体験のちがいから、異なる物語形式も生まれている。ギリシャ神話は通常、アリストテレスが言うところの「始まり、中間、終わり」(危機、闘争、解決と表現したほうが適切かもしれない)の3幕構成になっている。ひとりの英雄が恐ろしい怪物と戦い、宝物を手にして帰還するという物語が多い。これは個人主義のプロパガンダであり、ひとりの勇敢な人間がすべてを変えることができるという考えを発信しているとも言える。このような物語のアウトラインは、西洋の子どもたちの自己の芽生えに、驚くほど早くから影響を与える。自分で作った物語を語るよう研究者に求められたアメリカ人の3歳の女の子は、危機、闘争、解決という流れの物語を完璧に紡いでみせたという(*12)。「バットマンがママから離れました。ママは「戻ってきなさい、戻ってきなさい」と言いました。バットマンは迷子になり、ママはバットマンを見つけることができません。バットマンはこんなふうに走って家まで帰りました。バットマンはマフィンを食べ、ママのひざに座りました。それからバットマンは休みました」古代中国の物語はこんなふうではない。他者中心の世界であるがゆえに、中国には2000年にもわたって自伝というものが事実上存在しなかった(*13)。ようやく自伝が出てくるようになっても、主人公の声や意見は人生の物語から削られているのが普通で、主人公は自身の人生の中心ではなく、傍観者の立ち位置に置かれた。東洋の小説は、因果関係という単純なパターンをたどるよりも、芥川龍之介の『藪の中』のような形をとることが多かった。この作品では、殺人事件にまつわる出来事が、複数の目撃者ーー木こり、僧、放免(下級刑吏)、老女、容疑者、被害者の妻、そして被害者の言葉を伝える霊媒師ーーの視点から語られる。どの証言も相互になんらかの矛盾があり、読者は彼らの目的を自分で解明しなければならない。心理学者のキム・ウイチョル教授は、こうした物語では「答えが示されることは決してない。結末もない。めでたしめでたしともならない。読者は疑問とともに取り残され、自分自身で答えを出さなければならない。それが物語の醍醐味だ」と述べている(*14)。東洋の物語で個人にフォーカスが当たる場合、主人公のステータスは適度に集団を優先する形で得られる傾向がある。「西洋では、主人公が悪と闘い、真実が勝利をおさめ、愛がすべてに打ち勝つ」とキムは言う。「アジアでは、自己犠牲を払う人が英雄になり、英雄は家族、共同体、国のことを大切にする」起承転結と呼ばれる日本の物語形式は、4幕構成になっている。第1幕(起)で登場人物が紹介され、第2幕(承)で動きが展開し、第3幕(転)では意外な驚きの展開もしくは一見無関係な展開が起き、そして最終幕(結)に来ると、読者はオープンエンド的な形ですべてが調和する道を探るよう促される。「東洋の物語で混乱を呼ぶ点のひとつは、エンディングがないことだ」とキムは言う。「人生には単純で明確な答えはない。答えは自分で見つけなければならない」西洋の人々は、個人の闘いと勝利の物語を神経モデルの領域に取り込んで楽しもうとするのに対し、東洋の人々は、調和を求める物語に喜びを感じる。こうした物語の形式は、各文化における変化のとらえ方のちがいを反映している。西洋人にとっての現実とは、個々の断片や部分から構成されたものだ。予期せぬ変化の脅威が迫ってくると、西洋人は現実の断片や部分と闘ってそれらを服従させ、再コントロールしようとする傾向がある。東洋人にとって、現実とは相互に関連した力が存在する場だ。予期せぬ変化がやってくると、混乱した力を調和させて共存させるにはどうすればいいかを知ることで、コントロールを取り戻そうとする傾向がある。両者に共通するのは、物語が持つもっとも深い目的だ。物語はコントロールのための教訓を教えてくれるのである。 *1:チャールズ・ブコウスキー『郵便局』都甲幸治訳、光文社、2022年、9頁*2:ゼイディー・スミス『ホワイト・ティース』上巻、小竹由美子訳、中央公論新社、2021年、11-12頁*3:ジェームズ・ボールドウィン「もう一つの国」「愛蔵版世界文学全集45』所収、野崎孝訳、集英社、1973年、9-10頁*4:The Social Animal, David Brooks (Short Books, 2011)p.47.【ブルックス『あなたの人生の科学』*5:The Self Illusion, Bruce Hood (Constable and Robinson, 2011) p. 22.*6:Brain and Culture, Bruce Wexler (MIT Press, 2008) p.134.以下も参照。“Explaining themoral of the story', C. M. Walker & T. Lombrozo, Cognition, 2017, 167, pp. 266-281.*7:A History of Children's Play and Play Environments, Joe L. Frost (Routledge, 2009) p. 208.*8:The Construction of the Self, Susan Harter (Guildford Press, 2012) p. 50.*9:The Geography of Thought, Richard E. Nisbett (Nicholas Brealey, 2003).[リチャード・E・ニスベット『木を見る西洋人森を見る東洋人ーー思考の違いはいかにして生まれるか』村本由紀子訳、ダイヤモンド社、2004年〕こうした考えの詳細な探求は、私の著書『自撮り(Selfie)』(Picador, 2017)の第2章「完全にすることができる自己」でもおこなっている。*10:こうしたちがいは現在でも広く残っている。アジア人の学生に水槽が描かれている漫画を見せ、そのサッカードをミリ秒単位で追跡すると、彼らは無意識に全体をざっと見るが、西洋人の学生は、前のほうにいる、支配的で個性の強い、あざやかな色の魚に焦点を合わせる。何を見たのか訊ねると、アジア人学生は状況の説明(「水槽を見た」)から始めることが多いが、西洋人学生は個別の対象の説明(「魚を見た」)から始める傾向がある。その魚についてどう思ったか訊ねると、西洋人学生は「あの魚がリーダーだった」と答えるのに対し、東洋人学生は、その魚がグループから除外されているので、何か悪いことをしたのかもしれないと答えた。このような文化の差異が、根本的に異なる人生、自己、物語の経験を生みだす。知り合い全員との関係の“ソシオグラム”を描くように言われると、西洋人は自分のことを中央に大きく描いた円で表現するが、東洋人は端寄りの小さな円として描く傾向がある。中国では、西洋とは異なり、謙虚で勤勉な学生が人気があり、内気さはリーダーシップの資質と見なされる。こうした差異は神経モデルに端を発し、人の現実認識をコントロールする。「世界についての考え方が、単に東洋人と西洋人ではちがうというだけではない。両者は文字どおり、異なる世界を見ているのだ」と、心理学者のリチャード・二スペット教授は私に語った。一方が、他方には明白に見える道徳的現実を認識していないのだから、これは深刻な対立を引き起こす可能性がある。「中国人は、集団全体の利益になるなら、誰かを不当に罰するという考えも喜んで受け入れる」とニスペットは述べている。「個人の権利を重視する西洋人にとっては、これは憤慨すべきことだ。しかし、彼らにとって集団こそがすべてなのだ」*11:Life on Purpose, Victor Stretcher (Harper One, 2016) p. 24.〔ヴイクター・J・ストレッチャー『目的のカー幸せに死ぬための「生き甲斐」の科学』松本剛史訳、ハーバーコリンズ・ジャバン、2016年〕*12:The Storytelling Animal, Jonathan Gottschall (HMH, 2012) p. 33.*13:The Autobiographical Self in Time and Culture, Qi Wang (Oxford University Press, 2013) pp.46,52.*14:本人へのインタビューによる。 (この記事は第3回/全3回)No.1:なぜ正確に情報を伝えても、顧客は動かないのかーー受け手の脳が「都合よく書き換える」メカニズムNo.2:人の性格は「育った環境」と「持ち物」に現れるーーブランドコミュニケーションに使える人間理解の視点▼書籍紹介人は物語によって他者とつながり、ときに対立もしながら、社会を形成してきた。本書は脳科学・心理学の知見をもとに、なぜ人は物語を求めるのか、すぐれた物語はいかに脳を刺激するのかを解き明かす。プロット重視の従来的な物語理論とは対照的に、キャラクターとその〈欠点〉をストーリーテリングの中心に据え、共感を生む物語の仕組みを徹底解剖。小説・映画にかぎらず、マンガ、ノンフィクション、ビジネスシーン、日常の雑談まで、すべての〈物語の語り手〉に読んでほしい一冊。全世界15万部突破。▼書籍情報書名:ストーリーテリングの科学 脳と心をひきつける物語の仕組み著者:ウィル・ストー訳者:府川由美恵出版社:フィルムアート社発売日:2025年12月26日https://www.filmart.co.jp/books/978-4-8459-2414-1/この記事もよく読まれています会議を減らしても、なぜ忙しさは変わらないのか?仕事で直面した困難な状況を解決する「4つの回避術」とは何か「ゼロからつくる」を疑え——既存資産を「ずらす」リブランディングの実践的視点なぜ人は「物語」に共感するのか?ブランド価値を生むナラティブの力なぜ、いま「デザインとは何か」を問い直すのか——成果につながるデザイン、つながらないデザインの違いAI時代に仕事を奪われる人、価値を生み出す人の決定的な違い文・編集:桑原勲
このような方にオススメです生成AI・AIエージェントを導入したものの、PoCや一部部門止まりで全社展開に課題を感じているIT推進・DX推進部門の責任者の方経営層からAI活用の推進を求められているが、社内の推進体制・役割の置き方を模索している方ツール導入後の利用率が伸び悩み、現場に定着させる仕掛けを探している方ベンダー任せ・情シス任せではなく、事業部門を巻き込んだAI運用のあり方を検討している方
2023年4月3日~4月16日まで、多様なアメリカの食文化を堪能できる2週間のフードイベント「TASTE OF AMERICA(テイスト オブ アメリカ)」が開催されました。アマナは、2023年1月のキックオフイベントを含めたコンセプト設計から、キービジュアル制作、WEBサイト制作・イベントの企画・運営、SNS施策まで、イベント全体の企画プロデュースを担当しました。
SCRAPが運営する「世界一謎があるテーマパーク TOKYO MYSTERY CIRCUS」のリアル脱出ゲーム「Projection Table Game『魔法料理アカデミー卒業試験からの脱出』」が2023年7月15日から11月30日まで新宿の東京ミステリーサーカス4Fで開催されています。アマナは、同イベントの日本版とグローバル版のグラフィックデザインを担当しました。