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音で、味覚が変わる。そう聞いてすぐに理解できる人は多くないのではないでしょうか。2026年8月30日、東京・芝浦の森永製菓本社 エンゼルホールで体験型イベント「TAICHIRO MORINAGA -現代の文明開化- 音楽とスイーツがひらく をかしな夜」にて、参加者は音のテンポや音域、曲調の違いに合わせてスイーツや森永製菓の商品をひと口ずつ味わい、甘みの感じ方や香りの立ち方、口どけや食感の印象が変化する瞬間を確かめていきます。 最初のセッション「Tempo(テンポ)」が始まる。メトロノームのゆっくりとした音が会場に響くなか、参加者はチョコレートをそっと口に含みました。テンポが速まると、口の中の動きが変わり、噛み方が変わる。すると、チョコレートの味が変わる。隣の席から、小さな驚きの声が漏れてきます。熱心にメモをとる人、目を閉じて集中する人。「驚きっぱなしの90分で興奮した」——会場を出た参加者のひとりは、アンケートにそう書きました。 ——音で、味覚が変わる。そう言われて、すぐに納得できる人は多くないはずです。TAICHIRO MORINAGAは、そもそもどんな問いから始まったブランドなんでしょうか。 笹倉 蓮さん(以下、笹倉。敬称略):「お菓子をこえる、『をかし』な体験を。」——これは、森永製菓のコンセプトブランド「TAICHIRO MORINAGA(タイチロウモリナガ)」が掲げるブランドコンセプトです。2016年の立ち上げ以来、この問いが根底にあります。1899年、創業者・森永太一郎が、まだキャラメルなどに馴染みがない日本で、西洋菓子づくりを始めた。「現代の文明開化」を名乗るこのブランドは、当時のパイオニア精神を受け継ぎながら、「今の時代に、お菓子をこえる体験とは何か?」を問い続けています。その答えのひとつとして生まれたのが、音楽とスイーツが交わる没入体験イベント「をかしな夜」です。笹倉 蓮|Ren Sasakura 森永製菓株式会社 新規事業開発部 探索・推進グループまずは体験してもらう。それが価値につながる——今回のイベント、二部構成の設計にはどういった意図がありましたか。小野 隆さん(以下、小野。敬称略):これまで実施したイベントでは、味の違いを体験していただく取り組みが中心でした。次はもっと癒しにつながるかたちにできないか、チルアウトのような方向はどうかという話を、TAICHIRO MORINAGAブランド担当の笹倉とずっとしていました。小野 隆|Takashi Ono 森永製菓株式会社 研究所 第一商品開発センター チョコレート開発グループ チョコレートソムリエ、ティーソムリエ 笹倉:過去にコンサートを実施したり、万博へ出展したりしてきた経験から、打ち出したい魅力がいくつもあると感じていたのです。おいしいだけでもなく、音楽がいいだけでもない。いろんな情報があるなかで、一貫性を持った取り組みにしていこうと。まずは音と食との関係性について理解を深めていただくセミナーをやり、後半では実際の音楽やイメージを楽しみながら食べていただく構成に至りました。——前半のセミナーも講義ではなく、体験が主体でしたね。小野:こちらから一方的に伝えるだけになって、お客様が聞く側にならないよう留意しました。例えば「Tempo」では、メトロノームの音を聴きながらチョコレート「カレ・ド・ショコラ <カカオ70>」を口に含んでいただく。ゆっくりしたテンポでは舐めるように口の中で溶かすことで、コクや濃厚感を感じやすくなります。テンポを速めると口の動きも速くなり、チョコレートが舌にとどまらず噛んでしまいがちになる。舌に接している時間が味わいを左右する、という順序で体験いただきました。私たちの実生活でも、高級なレストランではゆったりとした曲が流れているはずです。一方でファストフードはテンポの速い曲をかけることが多い。するとお客様は気持ちよく速く食べるようになります。音と食は特別なことではなく、日常生活の中にあることに気づいていただけたかなと思います。最初のセッション「Tempo」はメトロノームを使用。Slow Tempo / Fast Tempoを聴きながらチョコレートを口に。テンポによる味覚の変化を、知識ではなく体感から伝える設計とした。 ——一貫性のある企画にするために、コンセプトはどう整理しましたか。笹倉:コンセプトづくりのところでは、お客様が迷子にならず、「音で味覚が変わる、をかしな夜だ」という、その体験自体を楽しんでいただくことにフォーカスしたいと考えました。アマナさんともいろいろなディスカッションをさせていただきながら、今回は弊社主体で考えました。よりお客様に森永製菓の考えや意図をご理解いただけるイベントになったと感じています。 参加者の手元に置かれたお品書きには、Tempo、Frequency、Major / Minor、4 Seasons、Timetripと5つのセッション名が記されています。来場者はそれを見ながら、順に体験をたどっていきました。 参加者のテーブルには、カレ・ド・ショコラや和みテリーヌショコラ、四季のセッションで味わう個包装のお菓子が並んだ。アマナがクリエイティブを手がけたお品書きと、おみやげのうちわも添えられた。科学を、感性に翻訳する——今回の試みにおいて、アマナに期待したのはどの部分でしたか。笹倉:やはりクリエイティブに関する部分になります。音と味覚の関係は、どちらかといえば左脳的に捉える科学的なアプローチです。それを右脳的な、感性に訴えかけるかたちにする難しさが、これまでの活動にずっとありました。いかに感覚的にいいな、直感的にいいなと思っていただけるか。それに対して一貫性を持ってアプローチしてくださったのが、すごく助かったところです。 アマナは当日の演出に加え、イベントタイトル「をかしな夜」とロゴ、キービジュアル、会場のサインやお品書き、おみやげのうちわ、告知用の素材まで、体験を伝えるためのクリエイティブと設計を手がけました。ネーミングは複数の方向性を検証したうえで、創業者・森永太一郎のパイオニア精神と「現代の文明開化」というブランドストーリーに重ねる案が選ばれています。セミナーと音楽体験という二部構成の演出プランも、複数案を出して森永製菓とのディスカッションを重ねながら固めてきました。会場入口のサインや投影資料などはアマナが制作。イベントタイトルとロゴ、キービジュアルの開発から、サインやお品書き、おみやげのうちわのディレクションまで一貫して担った。 言葉になりきらない感覚は、クリエイティブの側でも扱われていました。イベントロゴの文字の造形には、音の余韻が感覚をほどき、夜へと溶けていくという意図が置かれています。少しあやしく、少し不思議。その曖昧さを、会場を訪れる前の期待に変えるための設計でした。——曲の選び方についてもうかがえますか。例えば四季の「秋」では、パッヘルベルの「カノン」が使われていましたが、どのように選定されたのでしょう。小野:以前、「カレ・ド・ショコラ <フレンチミルク>」の味わいを複数の人に書き出してもらったことがあります。カカオ感のあるブラウニーのような味、アーモンドやピーナッツを思わせるナッツ感。フランスの焦がした乳を使っているので、キャラメルやミルク、チーズのような乳製品の風味。少し土のような味という声もありました。それをAI解析にかけて情緒的な表現に変換すると、「広々とした温かい公園」という言葉になったのです。3年ほど前、AIがここまで広く浸透する手前の時期に取り組んだのですが、今回はその情景に合う曲としてパッヘルベルの「カノン」を選び、さらに周波数を調整しプロの奏者に演奏してもらい、ミルクチョコレートのコクをより引き上げられないかと考えました。言葉になっていない感覚を、どう扱うか——価値を言語化するのは、プロジェクト推進において重要な要素となりますよね。笹倉:一般的には価値を言語化してから動くのだと思います。ただ、音を聴きながら味を感じるという領域は、言語化される前の段階だと考えています。お客様が「何かいいな」「何か混ざっている感じがする」とおっしゃる。耳で聴いて「いい音楽だ」、食べて「おいしい」とそれぞれ感じるよさがあります。さらに耳で聴きながら食べると、また別のよさが感じられる。「いい」が混ざっていくような感覚は、まだ言葉にしきれていない部分があるのかなと思っています。例えばサウナで「ととのう」という言葉がすごく広まりましたよね。「何かいいな」と思っていた感覚を、「これだ」と言葉にしたことだと思うのです。今の私たちには、その前の段階の感覚がある。そこを突き詰めていく、探求のフェーズなのかなと。 また「記憶」がキーワードになりそうだなと。自分の思い出との結びつきが結果的に没入体験につながって、それが価値になっていく。何かと結びつくということが、ヒントになる、価値になる可能性があると思っています。——記憶とのつながりという点で、プログラムの最後「Timetrip」はまさにそのコンセプトでしたね。小野:森永製菓の商品にはロングセラーがいくつかあります。何かいいな、と感じてもらうための「体験」を考えるなかで、子どもの頃に食べた森永製菓のお菓子があるのではないかと。それで「Timetrip」ではノスタルジーを感じるような曲や構成を選択したのです。参加者からは「懐かしい」「久しぶりに食べた」という声もありました。コンセプトを変えれば、また違う選び方も出てくると思いますね。プログラムの最後「Timetrip」は「大正時代へキャラメルトリップ」と題し、流れる曲を聴きながらロングセラーのミルクキャラメルを体験する流れ。体験の価値を企業の価値にする——実際のお客様の反応や手応えはいかがでしたか。小野:後半の春夏秋冬のパートでは、季節に合わせた音やストーリーを感じながら食べていただきました。味の違いを体験できて驚いたという方がいらっしゃいましたが、感じ方は人それぞれなので、いただいた声をもとに今後さらにブラッシュアップしていきたいです。来場者の顔ぶれも従来はクラシックや芸能を好む方が多かったのに対し、今回はお菓子が好きな方、森永製菓の商品により親近感を抱いていただけている方のほうが多いように感じました。笹倉:普段から豊かな表現に触れたり、体験したりすることを好む方——美術館が好きな方などに来ていただきたいと考えていました。今回のお客様の様子を見ても、頭のなかで空想が広がっているような方がいらっしゃいました。熱心にメモをとっている方もいて、感性が豊かな方々に来ていただけたかな、と思います。アンケートでも参加動機のトップは「音で味覚が変わるという驚き・知的好奇心」で93.3%。年齢は30代から40代の方が中心でした。深く刺さる方がどなたなのかを検証していくフェーズなので、事後のアンケートをしっかり見て次に活かしたいと思います。——会場での体験を持ち帰ることができる体験セットも販売されました。笹倉:今回販売した体験セットも、試したかったことのひとつです。実際に購入いただけるのか、新しいサービスとして可能性を見たいという思いがありました。体験セットは「和みテリーヌショコラ 3個入」「薫ル TEA SELECTION 焙ジ茶 or 紅茶」「音楽カード」で構成されます。カードにスマートフォンをかざすと、楽曲が埋め込まれたページに遷移する仕組みです。自宅でゆっくりしながら音楽を流して、味の変化を探していただく。そんな五感に向き合う時間にできたらと思っています。 結果として、参加者のうち40%が体験セットを購入しました。購入者全員の動機が「夫や家族、母親にこの体験をさせたい・驚かせたい」という、他者との共有ニーズでした。「感動を大切な人と分かち合いたい」という体験ギフトとしての可能性が、はっきりと見えてきた瞬間でした。数量限定で販売された「TAICHIRO MORINAGA 音楽とスイーツがひらく をかしな体験セット」(2,160円)。音楽カードにスマートフォンをかざすと楽曲ページへ移動する。 ——今後、森永製菓のビジネスとしての広げ方をどう見ていますか。小野:ストレス社会に対して、スイーツと音楽で改善できる方法があるのではないかと話しています。BtoBや福利厚生など、今まで考えられてこなかったところで展開できる余地があるのではないかと。こういったイベント単体をビジネスにするのではなく、体験することで口コミで広めていただいたり、体験セットを買っていただいたりする循環を育てていきたいですね。「もの」より「こと」と言われますが、「もの・こと」が一緒になったものが、これから求められるのではないでしょうか。——森永製菓にとって、体験価値に取り組む意味は何でしょうか。笹倉:食品メーカーとして食をお届けすることは、これまで120年以上やってきました。これからは、それを体験価値に昇華してコミュニケーションとして伝えていくことが求められると思います。食を楽しむ=おいしいだけではないその先の価値をどうつくっていくのか。そのコミュニケーションには別のアプローチが必要です。音だったり、クリエイティブだったり、空間づくりだったり。そんなところにも力を入れて、五感で楽しめるようなチャレンジをしていきたいと思います。小野:普段の生活のなかで、楽しいことも悲しいこともある。仕事が忙しくてイライラすることもある。そういうときに心に響く音楽を聴いたり、好みのスイーツを食べたりする。そのなにげない時間が、不思議と心を癒してくれて、笑顔になったり、勇気をもらえたりするのではないか。我々はそういうところも考えながら、食と音楽の相乗効果を考えたいと思います。 言語化されていない感覚を扱うプロジェクトでは、成果の測り方も定まりません。体験イベントを通した顧客満足、そして体験セットという物販を同じ設計のなかに置いたことで、新たな検証の輪郭は見えてきました。「体験の感動を、大切な人と共有したい」——参加者が自然と口にしたその言葉が、次のステップへの手がかりになっています。感性を科学で捉え、それを再び感性へ翻訳して届ける。その循環をどのように事業として育てられるか。「をかしな夜」は、その問いの入口に立ったところです。 クライアント/スポンサー:森永製菓株式会社<スタッフクレジット(全てアマナ)>クリエイティブディレクター、プランナー:村上英司アートディレクター:岡田麻由子クリエイティブプロデューサー:村田友祐アカウント:菱田陽子 取材・文:桑原 勲取材撮影:佐藤 万智弥(アマナ)動画制作:BeeDot ▼こちらの記事もよく読まれています・ヤマハ発動機|ブランドの世界観を可視化する──共創で生まれたビジュアルコンセプト・「カゴメらしさ」を昇華させた、デザインアイデンティティ策定プロジェクト
ポーラのグローバルマーケットに向けた2026年春節プロモーションのキービジュアルと、販促用ツールデザインをアマナにて制作しました。 グローバル市場(主にアジア市場)のインサイトに精通したクリエイティブチームが、キービジュアルとトーンアンドマナーを揃えたショッパーやギフトボックス、紅包(ホンバオ・中国版お年玉袋)まで、一貫したディレクションを行いました。干支の馬には西洋的なメリーゴーラウンドのモチーフを採用し、日本の高品質なブランドイメージにふさわしい上品で洗練されたビジュアルを制作。競合がひしめく春節商戦において、オリジナリティのある上質なクリエイティブがブランド体験の価値向上に貢献したと、お客様や各国のリテール現場からも高い評価を得ました。
生成AIが絵を描き、動画をつくり、コピーまで書く時代。では、「クリエイターは何をする人なのか」という問いは、制作の現場にいる誰もが一度は立ち止まる場所です。 アマナのクリエイティブディレクター松葉 忍は、その問いに対する自分なりの答えを、すでに働き方そのものに落とし込んでいます。制作フローをAI前提で組み直し、マネジメント以外の時間の多くを「企画・思考」に充てる。手を動かす時間を削ってでも、考える時間を守るためです。ただし松葉の出発点は、技術ではありません。アパレルブランドのデザイナーとして手描きの絵を描くところから始まり、原宿のVRインスタレーション、ノルウェーの極限環境でのライブ配信と、一貫して「どんな体験を成立させるか」を描き続けてきた人物です。 扱う素材が布からプログラムへ、VRからAIへと移り変わってきたクリエイティブディレクターは、いまどこに自分の強みを見ているのか。アマナで長年CG・レタッチに携わってきた中島 輝が、そのキャリアと「AIファースト」の仕事術を聞きました。 デザイン画を描いていた人間が、なぜ技術を手にしたのか中島 輝(以下、中島。敬称略):松葉さんのキャリアはかなり珍しい道筋ですよね。出発点はアパレルのデザイナーだったと伺っています。 松葉 忍(以下、松葉。敬称略):ティーン向けのレディースブランド、いわゆる109系をいくつか担当していました。当時は109の全盛期で、午前中は109に行ってショップの女の子たちとコミュニケーションを取りながらお客さんの動向を見て、午後から事務所でデザイン作業をする、という生活でしたね。 中島:三面図のようなものを描くんですか? 松葉:いえ、手描きで人が服を着ているイメージを描く感じです。 中島:売り場でお客様の反応を見て、スタッフから話を聞き、それをデザインに落とし込む。今のディレクションの仕事と、実は近いことをされていたんですね。そこから急にSE(システムエンジニア)になられたと。 松葉:景気がすごく落ち込んだ時期があって、衣服のような嗜好品から打撃を受けたんですね。服が売れなくなって、撤退や縮小するブランドが増えました。僕のいたデザイン事務所も社長が大阪の方で、大阪に戻ることになって。自分は東京出身なので退職することにしました。 「次は何をやろうか」と考えた時、当時はECサイトという言葉すらなく、ZOZOTOWNが立ち上がり始めた頃でした。「これからはインターネットだ」と思ってWebの世界に転向しようとしたのですが、入った会社がWebのシステム系の会社だったんです。「デザインもやるけれど、一旦システムを覚えてほしい」と言われて、エンジニアのコースに進むことになりました。 中島:完全にゼロベースですよね。どうやって習得されたのですか? 松葉:スクールのカリキュラム、通常1~2ヶ月かける内容を2週間ほどで叩き込まれて、すぐに大型案件の現場へ出向です。あとは1~2年現場でやりながら覚えていきました。その会社には7~8年いて、最初の5年はエンジニアとしてガッツリとプログラムを組んで、後半はWebディレクター、営業兼ディレクターとして働いていました。 中島:技術も営業も両方わかる方は当時周りにいらしたんですか? 松葉:いなかったですね。そこが自分の立ち位置、強みになりました。 松葉 忍(まつば しのぶ)Creative Directorアパレルデザイナーとしてキャリアをスタート後、SE、Webディレクターを経てクリエイティブディレクターに。グラフィック制作やWeb、動画制作はもちろんのこと、オフラインでのデジタル体験設計など、テクノロジーとクリエイティブを融合させた企画を得意とする。VRコンテンツの制作実績も多数。広告クリエイティブの企画から制作ディレクションまで幅広く担当。 「どの要素を組み合わせれば実現できるか」を即座に描く中島:その後、アマナに入社された経緯を教えてください。 松葉:イベントでアマナのインタラクティブチームの方が登壇して事例を紹介しているのを聞いたのがきっかけです。それまではWebシステム構築の仕事が多かったので、「もっと広告やクリエイティブ寄りの仕事にシフトしたい」と考えて応募しました。 中島:希望されていた仕事はできましたか? 松葉:初めは大手精密機器メーカーとの合同プロジェクトでシステム構築中心だったので、思い描いていた広告制作とは少し違いました。ただ、そこから徐々に広告・制作のディレクションへと広がっていきましたね。 中島:松葉さんの中で、「テクニカル」と「クリエイティブ」はどういう関係性にありますか? 松葉:今の世の中のクリエイティブは、ほぼデジタルが前提ですよね。デジタル上で「どんな技術が使えて、どのような制約や拡張性があるのか」を理解した上で、クライアントから相談を受けた際に「どの要素を組み合わせれば実現できるか」という全体像、絵を即座に描ける。それが自分の強みだと思っています。 中島:技術そのものではなく、技術を知っているから描ける絵のほうが先にあるわけですね。 現実とVRの境界線を、暗闇で消す中島:冒頭でも触れた原宿のデジタルインスタレーションですが、改めてどのような案件だったのでしょうか。 松葉:イトキンさんが展開している洋服ブランド「TARA JARMON(タラジャーモン)」のポップアップイベントです。FASHION’S NIGHT OUT(FNO)に合わせて原宿キャットストリートのイベントスペースを貸し切って行いました。当時はVRが出始めの頃で、「VRを使って空間を仕上げたい」というご相談でした。ただ、一般的なVRは「ゴーグルを被って中で映像を見て終わり」になりがちで、没入感が弱いと感じていたんです。なので、空間全体の体験設計を含めて提案しました。 ▼関連記事:イトキン「TARA JARMON "ECLIPSE -月食-"」 中島:具体的な構成を教えてください。 松葉:シーズンのテーマが「エクリプス(月食)」だったので、まず真っ暗闇の部屋に入って、暗闇の中でVRゴーグルを装着してもらう。これで現実とVR内の境界線がなくなります。次にVRコンテンツが始まって、モデルや洋服、インテリアの世界観が展開され、最後は星空で終わる。そしてゴーグルを外すと、部屋の壁に開けた小さな穴から照射したLED光の反射で、現実の部屋全体が星空に変化している、という流れです。 中島:VRの余韻が、そのまま現実の空間に接続されるんですね。ゴーグルを「被せる場所」から設計しているのが面白いですね。 松葉:体験時間は約2分半ほどでしたが、現実とデジタルを融合させた体験として非常に好評でした。 独立で知った、チーム組成の「シビアさ」中島:その後、一度独立されています。当時の実績についてはいかがですか? 松葉:自分の力で1回チャレンジしてみたいと思って独立しました。独立期には、大手電機メーカーの「ロボット登頂チャレンジプロジェクト」にテクニカルディレクターとして携わりました。ノルウェーの高さ1,000mのフィヨルドで、ロボットが1本のロープを登頂するプロジェクトです。現地は電波もない極限環境でしたが、360度カメラによるライブストリーミング配信の仕組み構築と実行を担当しました。 中島:相当プレッシャーのかかる現場だと思いますが、どう乗り越えられたのですか? 松葉:「仕事だから成功させるしかない」「やるか、超やるか」という気持ちですね。課題をクリアするために、ひたすら考えて実行するだけでした。 中島:逆に、独立して感じたシビアさはどんな点でしたか? 松葉:経験値はすごく上がりました。ただ難しかったのはチーム組成におけるコストの問題です。アマナのような会社組織なら、社内のクリエイターやプロデューサーと一緒に提案を進められます。でも1人のフリーランスだと、外部の人を巻き込んだ時点で発注前の準備・助走期間でも人件費が数十万円単位で発生してしまう。コンペで失注した場合のリスクが非常にシビアでした。 再ジョインの決め手は「AI」だった中島:2025年に再度アマナに戻られた決め手は何だったのでしょうか? 松葉:一番の理由は「AI」です。2023年から個人でAIを触っていたのですが、2024年に入って情報量が爆発的に増えた。個人1人で追いきれるインプットや検証には限界がある、と感じたんです。 中島:一度離れたからこそ見えた、アマナという組織の魅力はどこにありますか? 松葉:一定の裁量権と自由を与えられながら、メジャーで規模の大きいプロジェクトに関われる点ですね。独立して様々な代理店やプロダクションと仕事をしてきましたが、こういう環境は他にありませんでした。社内の人は気づいていないかもしれませんが、クリエイターにとって非常に恵まれていると思います。 中島:社内でよく耳にしていたように、アマナは「自己実現の場」と語られてきましたよね。 中島 輝(なかしま てる)フィルム時代からデジタルへの移行期を制作現場で経験し、アマナにてCG制作やレタッチに携わる。技術の転換期を現場で経験してきた知見を活かし、現在は社内のAX(AIトランスフォーメーション)推進担当として、実務への生成AI導入とその利用に関するガバナンス整備に取り組んでいる。 ツールは「待つ」のではなく、自分でつくる中島:現在はかなり踏み込んだAI活用をされていますよね。どのようなツールを開発しているのですか? 松葉:BytePlusの動画生成ソリューション「Seedance 2.5」を活用するツールを自作しました。サードパーティ製のツールは費用が高いので、公式APIを経由する仕組みを構築したんです。これでクレジット費用が約1/3に抑えられますし、セキュリティ面でも安全に利用できます。 さらにMCP(Model Context Protocol)を連携させて、ClaudeやCodexといったLLMとの対話の中から、このツールを直接呼び出せるようにしています。通常の画面UIを触ることなくLLMとの会話の流れで動画生成を自動実行させている状態ですね。 中島:具体的にどのような効率化に繋がっていますか? 松葉:例えば「1つのオブジェクトを起点に10パターンの動画を作りたい」という場合、通常のUIだと10回のコピペと手動操作が必要です。でもLLMに10個のプロンプトを生成させて一括で投げれば、10個の動画生成を全自動で処理できます。 中島:人がUIを操作する前提そのものを外してしまうと、そこまで変わるんですね。検証の試行回数が桁で変わってきますね。 動画生成AIの「Seedance」や画像生成AIの「Seedream」などのモデルを直感的に選択し、プロンプトや各種パラメータを設定して生成を実行できる。画面上で事前確認できる「推定コスト」や生成後の「実績コスト」に加え、APIキー別の月間利用額もひと目で把握できるため、案件ごとの適切な費用管理が可能。 これからは「エージェント的思考」が不可欠中島:日々の業務配分や、思考の切り替えについて教えてください。 松葉:マネジメントに週10~12時間ほど。残りはディレクションや制作、そして最も重視している「企画・思考」の時間に充てています。 仕事の進め方は3ヶ月前と今とで変わってしまうほどのスピード感の中にあります。これからは単にLLMとチャットするだけでなく、「AIに何を実行させるか」を考えてタスクを投げる「エージェント的思考」、「AIファースト」の行動が不可欠だと思っています。プライベートでも自宅に専用サーバーやゲーミングPCを2台置いて、最新技術の検証を続けています。 中島:手を動かす時間を削って考える時間を守っているわけですね。 AIを「ネイティブ」として使いこなせるか中島:AIが手を動かす時代において、クリエイターに残る強みや役割は何だと思いますか? 松葉:AIを意識的なツールとしてではなく、自分の手足や能力のように「ネイティブ」として使いこなしていく必要があると思っています。意識せずにAIのポテンシャルを引き出せる状態を作らないと、置いていかれてしまうと感じています。 中島:道具として「使う」のではなく、身体の延長にしてしまう。つまり、AIを自分の分身にするということですね。今後、テクノロジーとクリエイティブを融合させて挑戦したい領域はありますか? 松葉:デジタルの力を使った空間演出が好きなので、AIを取り入れた新しい拡張表現に興味があります。最近はフィジカルAI(ロボティクス)領域の勉強もしているのですが、リアル環境の学習データ、教師データの作成はデジタルと違って手動で行う必要があり、現時点ではそこがボトルネックです。このデータ作成がAIによって自動化される時代が来れば、フィジカルAIの世界も一気に進化すると感じています。 中島:アパレルのデザイン画から、プログラム、デジタルインスタレーション、そしてAIのエージェント設計まで。扱う素材は変わっても、「どんな体験を成立させるか」を先に描いてきた点は一貫しているんですね。本日はありがとうございました。 松葉:ありがとうございました。 取材・文・編集:中島 輝(アマナ) 撮影:計盛祐子(アマナ) 過去のAIクリエイター記事・第一回:AIクリエイターTakkaが語る、「10」の知見を「100」に変える生成AIの使い方・第二回:動画生成AIで表現はどう拡張する?映像ディレクター橋本伸吾が語る、AI時代の「プロの条件」 ・第三回:デジタルアーティスト小泉薫央が語るComfyUI|生成AIワークフロー設計と「ノイズと美意識」 ・第四回:生成AIで広告ビジュアルを狙い通りに仕上げるには? アマナのAIクリエイター チ・ベイリンが実践する制作術 アマナのサービス紹介プランニング&デザイン|A³ | amana AI Architectsブランドの「らしさ」を軸に、生成AIを活用したクリエイティブ設計・制作プロセスを構築。ブランド戦略から表現設計、PoCまで一貫して支援します。A³ | amana AI Architects 資料ダウンロードはこちら アマナの最新登壇イベント【資料DL可】・Visual EXPO 2026レポート|それっぽい映像を超えるには? AIにブランドらしい選び方を持たせる方法[資料DL可] アマナのAI関連 制作事例・AIのリテラシーも良いけど、「着眼点設計」のリテラシーは大丈夫か?【POLA春節事例に学ぶプランニング思考】・スパイクスタジオ|AIと共にブランドの“意志”を実装する──アナログな対話から生まれたブランドガイドライン設計・花王|AI活用を促すワークショップでブランド作りはどう変わる・ダイキン工業|デザイン×UI/UX×AIで、創造性と発想力を強化する・アサヒグループジャパン|企画段階の新商品の世界観をPoCで可視化
伊藤ハムの贈答用ブランド「伝承」のプロモーション動画撮影を、アマナの曽根原健一が担当しました。 1928年の創業から100年近くにわたり真摯にモノづくりと向き合ってきた同社の品格を伝えるため、通常は分業されがちなシズル、人物、商品の各シーンを一気通貫で2日間かけて撮影。スモークの演出やライティング、アングルに徹底してこだわり、確かな品質と企業の伝統を印象的な視覚表現に落とし込むことで、60秒間飽きさせない映像展開となっています。 職人のクラフトマンシップとシズルの魅力を両立させる実写ならではの映像美により、贈答品としての信頼感を力強く後押しするコンテンツとなりました。
Bioworks株式会社が研究・開発する植物由来の次世代素材「PlaX™(プラックス™)」を使用した「bioTowel」の販促用イメージムービーを制作しました。 イメージボードを作成して構成を整理。詳細なペルソナ設計でターゲット人物像の一貫性を保ちつつ、製品の質感や全体のトーン&マナーはレタッチャーが丁寧に調整しています。 人物やライフスタイルシーン、原料の発酵過程等の様々な要素を一貫したトーンで組み合わせ、bioTowelがあることで生まれる「清潔感・軽やかさ・安心感」のある暮らしを表現しました。
東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。P&Gにて、ファブリーズ、レノアなどのヒット商品のマーケティングを手がけたのち、ジレットのブランドマネージャーを務めた。ヒューマンバリュー社を経て、ソニークリエイティブセンター全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げなどに携わったのち、独立。戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。『直感と論理をつなぐ思考法』『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』『ひとりの妄想で未来は変わる VISION DRIVEN INNOVATION』『理念経営2.0』著者。多摩美術大学特任准教授。
このような方におすすめです理念やビジョンが形骸化し、現場の行動につながらないと感じている経営層・事業責任者「日常の惰性」を打ち破り、社員が自走する組織風土を育みたい組織開発・HR担当者企業の意志を、直感的に伝わる「具体的な絵姿」へ落とし込みたい広報・ブランド担当者AI時代だからこそ、分析に頼らず「自らの意思」で未来構想を描きたい事業開発担当者歴史やカルチャーなどの「無形資産」を活かし、独自のブランド価値を築きたい経営企画担当者 amana Brand Communication Dialogueとは企業のあらゆるコミュニケーション課題に向き合い、その解決方法を探る、株式会社アマナが主催するトークセッションです。2026年のDialogueは『Legibility -「伝わる構造」をデザインする』をテーマとしています。Legibilityとは、「読みやすさ」という字義を超え、組織・ブランド・製品に必要な「伝わる構造」そのもののこと。生成AIにより、情報氾濫が別次元へ押し上げられている今日、差別化の本質は他との違いを出すことにではなく、企業の価値や意志、社会との関わり方が明瞭になり、正しく伝わることにあるのではないでしょうか。デザイン経営からブランド、コミュニケーションのデザインまで「伝わり、動かすデザイン」の思考と実践の全貌を解き明かす試みとして、各セッションの登壇者の観点からLegibilityを生み出すデザインの力を問い直します。
エレベーターの完成イメージを高精細CGでWeb上に再現するデザインシミュレーターと、ヘッドマウントディスプレイを用いたVR体験システムをアマナにて制作しました。 最新のリアルタイムレンダリング技術を駆使し、紙カタログ同等の質感を実装。実感を伴う事前体験の提供により、仕様決定のリードタイムが大幅に改善されました。バックオフィスとのシームレスな連携も実現し、商談プロセスの加速を支援しています。
日本製の高い品質と独自の高機能を備えたエース社のスーツケースブランド「プロテカ-PROTECA-」。 「マジックストップ®」「ベアロンホイール®」「サイレントキャスター®」という3つの優れた製品機能をフォトリアルなCGで精緻に再現し、機能の魅力を印象付けるリーフレットとプロモーション動画を制作しました。 内部構造の可視化など、CGならではの表現のみならず、製品のライティングやタイヤのベアリングなどパーツの細部の質感まで丁寧に作り込み、実写さながらのリアリティを追求しています。 動画はリーフレットとトーン&マナーを合わせ、映像の一コマを切り出しても製品の特長と世界観が伝わるグラフィカルな表現を目指しました。 英語版・中国語版も制作し、製品のグローバル展開を支えるクリエイティブとして評価をいただいています。
パナソニック エナジー株式会社のコーポレートサイトリニューアルをアマナにて担当しました。 セッションを重ね、既存のCMSへ最適化しながらデザイン指針を策定。 ディレクターとクリエイターの知見を掛け合わせ、緻密なグリッドレイアウトによって企業の信頼性と実直な姿勢を体現しました。トップページのキービジュアルでは、電池技術を牽引するパナソニック エナジー株式会社のアイデンティティを明確に打ち出し、サステナビリティページでは、同社が目指す循環型社会の世界観を、論理的な構造設計と豊かなビジュアル表現で両立させています。