森の中に解説が浮かぶ。作品鑑賞を支えるMRガイドの実証実験

この記事でわかること
- スマートグラスを使い、作品の近くに解説を表示するMR展示ガイドの仕組み
- 鑑賞者の位置や向きに応じて、適切な解説を表示する技術
- AIを活用し、子ども向け・上級者向けなど、対象に合わせた解説文を生成する方法
- 作品の鑑賞を妨げず、解説を読みやすくするための表示位置や体験設計の工夫
- 美術館や博物館などの展示空間で、MR技術を活用する可能性
浅間国際フォトフェスティバル 2026で体験した、スマートグラスによる展示解説
ギャラリーを飛び出して、屋外の自然の中でアートを楽しむ。各地の芸術祭も含め、最近、そんな鑑賞の仕方が増えています。長野県御代田町で開催された「浅間国際フォトフェスティバル」も、自然の中で作品を楽しめるアートイベントの一つです。
メイン会場となるのは、御代田写真美術館を擁する複合施設「MMoP(モップ)」。中心となるのはツタに覆われた趣ある美術館の建物ですが、周囲に広がる庭や林にも大きく引き伸ばされた写真作品が展示されており、写真と、夏の長野の自然を一緒に楽しめるようになっています。
2018年、御代田町とアマナが共同で、旧メルシャン軽井沢美術館跡地を会場に初開催をしてから8年。「浅間国際フォトフェスティバル」は、2026年で7回目を迎えました。日差しや雨にさらされる屋外に写真作品を展示するということ自体がかなりチャレンジングな試みですが、今年はここで、鑑賞の仕方に関わるもうひとつの新たな試みがひっそり行われていました。体験型MR展示解説システムの実証実験です。
この実証実験を手がけたのは、アマナグループのカディンチェです。MR技術を活用し、鑑賞者の視界に作品の解説を表示する仕組みは、実際の展示空間でどのように機能するのでしょうか。
一体どんなものでしょう。

芝生や木立に現れる、もう一つの解説文
体験の準備をして、屋外に出てみましょう。
美術館の建物のすぐ裏、小高い場所に木々に囲まれた広場があります。そこに、まるで森の中で遭遇した見知らぬ部族のように立ち並ぶ13枚の写真作品があります。写っているのは花や果物、そして半裸の人々。「これはなんだ」と思わせる、今回のフェスティバルでも印象的な展示の一つでしょう。すぐそばには、作家や写真を説明したキャプションが見当たりません。実は少し離れた木陰に解説が置かれています。まずは作品との遭遇の衝撃を、そのまま受け止められるようにしたかったのでしょう。
ところが今回のMR展示解説システムのスマートグラスを掛けて辺りを見渡すと、同じ解説文が芝生の上に白い文字で表示されます。生い茂りランダムな方向に伸びる芝生の上の白い文字は一見すると読みづらそうですが、実際に見ると、これが驚くほど読みやすくビックリしてしまいました。
表示された解説をしばらく眺めていると、文章を声で読み上げてくれます。それを聞きながら作品を見るのも良さそうです。聞くよりも読む方が早いという人は、解説文の下側に視線を送ると、文章が自動でスクロールして続きを読めます。また、人の形をしたマークを見ると、「中国・広東省生まれのリン・チーペンの作品」と作家についての情報を、文字や声で教えてくれます。
もちろん、解説を無視して、そのまま度なしメガネのレンズ越しに、あるいはメガネを外して、作品の鑑賞を続けることもできます。

ちなみに、こちらの作品展示、通り過ぎた後に後ろを振り返ると、裏側は別の作家、デニウソン・バニワによる作品群になっていて、まったく異なる世界観を作り出しています。スマートグラスは、鑑賞者がどちらの側から作品を見ているかを認識し、それぞれに対応した解説文を表示します。
これは、メガネのカメラ映像から鑑賞者の位置や向きを推定し、目の前の展示に対応する解説を表示しているためです。これまでの印刷されたキャプション(解説文)では、複数の作品の近くに置かれたキャプションが、どの作品についての解説なのかわかりにくいことがありました。このシステムでは、鑑賞者の位置や向きに応じて解説が表示されるため、そうした迷いを減らすことができます(ちなみに、この展示ではキャプションが立て看板になっていて見ている方向によって正しい解説が読めるように工夫されていました)。
音声ガイドのようなシステムでは、作品の横に番号などを掲示し、鑑賞者がその番号を機械に入力する必要があります。このシステムでは、作品を見るとその近くに解説が現れ、必要に応じて読み上げてもくれるのです。
こうしたシステムが普及すれば、鑑賞者が「この作品の解説はどこにあるのか」「今読んでいる解説はどの作品のものか」と悩むことが少なくなるかもしれません。作品を展示する側にとっても、展示の世界観を損なわないよう、番号や解説文の配置を工夫する負担を減らせる可能性があります。
もう少し先に進んでみましょう。
今度は木立の中に、古そうな白黒写真を6~8枚ほどコラージュした、立て看板のようなものが二つ並んでいます。これは一体どんな作品なのでしょう。周囲を見渡すと、その看板とほぼ同じ高さの中空に、再び白いデジタルの文字で書かれた解説が、垂直に表示されています。
先ほどと同様に、しばらく眺めていると音声での読み上げが始まり、視線を送って文章をスクロールすることもできます。芝生の上にあった解説が、ここでは木々と並ぶように垂直に立っている。作品をたどるうちに、解説の置かれ方にも違いがあることがわかってきます。

動画で見る、スマートグラスによるMR展示解説:スマートグラスを通して、作品の解説がどのように表示されるのか。実際の体験の様子を動画で紹介します。
自然な体験を支える、細やかな設計
ここで、筆者がこのシステムに感心した点を、いくつか挙げたいと思います。
一つ目は、あまりにも自然な体験として設計されていることです。体験している側は、普通に解説を読んだり聞いたりして、「へー、いいね」くらいの感想でこのシステムを受け止めてしまいます。でも、実はこれは凄い技術と工夫を組み合わせて実現した体験なのです。
まず、注目したいのは、これが屋外で体験できることです。現実の風景とデジタル情報を重ね合わせるAR(Augmented Reality)やMR(Mixed Reality=複合現実)を、美術館や博物館、イベントなどで体験したことがある人もいるでしょう。中には、ゴーグル型と言って視界全体を覆い、カメラで捉えた周囲の景色を映像として投影しているものもあります。
今回の体験で使っているのは、見た目も重さも普通の眼鏡とほとんど変わらない、透過型のスマートグラスです。NTTドコモとシャープが出資するNTTコノキューデバイスが販売している「MiRZA(ミルザ)」という製品です。バッテリー動作時間が短いため、ケーブルで接続したバッテリーをポーチに入れて持ち運ぶ必要はあるものの、本体は極めて軽く、見た目もレンズ部分に何本か筋が入っていることを除けば、ただのメガネという印象です。
透過型というのは、つまり、レンズ越しに見ている風景やアート作品が映像ではなく、肉眼で見ている本物だということ。その上に、デジタルの文字情報やグラフィックを合成しているのです。だから、見ているアート作品は目の前に投影された映像ではなく実物。精密なプリントが施された写真のディテールや色合いが、デジタル処理で勝手に変わってしまう心配もありません。
また、これまでのこうした体験の多くは、屋内での体験だったはずです。屋内に比べて屋外では、直射日光の当たる場所と深い木陰などで明暗の差が大きく、カメラで周囲の特徴を捉えにくくなることがあります。しかし今回の体験では、軽さを優先した、決して高性能とは言えないスマートグラスでありながら、屋外・屋内の両方の環境に対応していました。

もう1つ感心したのが、解説文が快適に読めたことです。現実空間に説明文を投影するAR/MR体験では、文字を目立たせるために、ユーザーの目の前の目立つ場所に表示する設計も多く見られます。それに対して、今回の体験では、あくまでも主役は展示作品です。作品の邪魔にならず、かといってわざわざ探さないでもすぐに見つかる絶妙な場所に解説文が表示されていました。
現実空間の上に投影する解説文、あまり考えずに設計されているシステムだと背景に重なって文字が読みにくくなる、ということもあるのですが、それもありませんでした。これは、体験を設計している側が、作品の展示場所や、鑑賞者がどんな場所からどんな姿勢でその作品を鑑賞するか、さらには作品の内容や意図まで、一つひとつ丁寧に検証して解説文の配置を決めているからに他なりません。
屋外では、読みやすいように白い文字が映える緑の芝生の上に配置したり、天候や時間に左右されず、常に一定の暗さが保たれる木陰を選んだり、木陰ではなくても大木が背景に重なる位置などに解説文を表示したりと、細やかな工夫が施されていました。
屋内展示でも、作品が展示されている位置や高さ、周囲の状況などを踏まえ、調整に調整を重ねたであろうきめ細やかな解説文の配置が行われていました。

鑑賞者に合わせた解説文を
さて、今回行われた体験型MR展示解説システムの実証実験、ほとんどの参加者にとっては、ここまで紹介した体験がすべてですが、私はこの記事を書くために、もう少し深い体験をさせてもらいました。
実はこのシステムを体験したほとんどの人は「大人用」という解説文の体験をしていたはずです。しかし、システムにはそれ以外にも「子供用」と「上級者用」という異なる解説が用意されていたのです。子供用は、難しい単語や外来語は使わずに、子供の目線で作品への関心を高めるような解説が、そして上級者用には、アートに詳しい人でも楽しめる、より踏み込んだ解説文が用意されていました。
システムを開発したカディンチェによると、これらの文章は写真家の紹介文や写真データなどを事前に解析し、AIを用いて生成した文章だそうです。それぞれの対象に合わせて、作品を見るポイントや視点を示す内容になっています。
ここで考えてみましょう。今回の実験では試されていませんが、同じ仕組みを使って英語や中国語など、ほかの言語の解説を用意すれば、世界中の来訪者が同様に作品を楽しむことができます。こうしたシステムが広く使われるようになれば、展示室の壁に何か国語もの解説が併記された巨大なキャプションを掲示せずに、世界中から訪れる鑑賞者に対応できるようになるでしょう。

カディンチェはこれまでも、こうした展示空間でのMR活用に取り組んできました。今回の実証実験では、これまでの取り組みを踏まえながら、スマートグラスや位置認識の技術を組み合わせ、屋外の展示空間でどのような鑑賞体験を実現できるかを検証しています。
歌舞伎座ギャラリーでは2023年に多言語で展示を案内する実証実験を行い、2025年には北海道のアルテピアッツァ美唄で、彫刻作品の鑑賞を支えるガイドを試しています。筆者も美唄での実験を取材しました。安田侃さんの彫刻を自分の目で鑑賞しながら、関心に応じて関連動画などの情報にも触れられる設計が印象に残っています(浅間国際フォトフェスティバルの実験ではあえて動画解説は使わなかったようです)。
参考記事:
- 歌舞伎座ギャラリーでの実証実験の様子:「松竹株式会社「ようこそ歌舞伎座へ。」歌舞伎座ギャラリー開催」
- アルテピアッツァ美唄での実証実験の様子:「作品を邪魔しない“黒子”に徹するMRガイドとは? アルテピアッツァ美唄でカディンチェが示した「日本的DX」の形」
現実を見るメガネと、展示を案内する仕組み
ここで、この体験を支える道具と仕組みを振り返ってみましょう。
すでに述べたように、使われたスマートグラスはNTTコノキューデバイスの「MiRZA(ミルザ)」。本体の重さはバッテリーを含めて約125gです。このメガネを展示ガイドとして動かすシステムを開発したのが、カディンチェです。2026年9月6日に行われた今回の実証実験では、MiRZAと、同社のMR体験統合管理システム「Kadinche Layerd」を組み合わせて使用したそうです。
では、作品の前に立ったことを、どうやって判断しているのでしょう。その役割を担うのが、VPS(Visual Positioning System)という、カメラの映像から位置を推定する技術です。
まず、事前に会場を3Dスキャンしておきます。その空間の情報と、スマートグラスのカメラが捉えた映像を照合します。現在地と向きがわかれば、その場所に設定された解説を、決められた位置に表示できます。Kadinche LayerdのMiRZA用アプリには、Immersal社のVPSが使われています。

今回の実験では、写真展示での使い勝手やAIによる解説の生成とともに、この位置認識が屋外でも機能するかを検証したそうです。カディンチェによると、緑が多い場所や、近くに目印となるものが少ない場所では、映像を照合する手掛かりを得にくい場合があります。今回の会場では、屋外に展示された写真作品がその手掛かりとなり、位置を認識できたといいます。
一方、認識した場所のどこに、何を表示するかを設定するのが、Kadinche Layerdの管理機能です。事前にスキャンした空間の3Dデータ上に、解説などのデジタル情報を配置できます。文章を更新したいときも、管理ツールで修正すれば、スマートグラス側へ最新の内容が配信されます。
先ほど見た、芝生の上の文章と、木々の間に立つ文章。その置き方の違いも、展示に合わせて情報の位置を調整できる仕組みによって生まれています。カディンチェは、美術館や博物館のキュレーター自身も、こうした設定を行える運用を目指しているそうです。解説に何を書くかだけでなく、作品との間にどれほどの距離を設けるかまで、展示をつくる人が考えられるのです。
読む速さも、知りたい内容も、自分で選ぶ
解説を目の前に届けられることに加え、その受け取り方を選べることにも、鑑賞者への配慮が感じられました。
従来の音声ガイドにも、作品を見ながら説明を聞けるよさがあります。ただ、音声は時間に沿って進むメディアです。知りたいことが出てくるまで待つ必要があり、聞き逃した部分を確かめるには、再生位置を戻して探さなければなりません。作品のある部分が気になって見入っている間にも、説明は先へと進んでいきます。
今回のシステムなら、音声を聞きながら作品を眺め、気になった言葉は文字で確認できます。自分で読んだ方が早ければ先へ読み進め、作家について知りたければ表示を切り替える。文章を数行読んでは作品へ目を戻し、また続きを読むこともできます。
森の中に文字が浮かぶ光景に驚き、数行を読むうちに、視線はまた写真へと戻っていく。作品を見たいときには見続けられ、もっと知りたくなれば、そのそばに解説がある。テクノロジーがそんな距離で寄り添ってくれる。装着前の調整で少し手間取る場面はありましたが、今回の実証実験は、これからの美術鑑賞のあり方について、さまざまなインスピレーションをもたらしてくれるものでした。

取材・文:林 信行
XR技術で、新たな顧客体験を創出する
カディンチェ株式会社は、VR・AR・MRなどのXR技術を活用し、システム開発からコンテンツ制作までを手がけるアマナグループのテクノロジー企業です。今回紹介したMR展示ガイドをはじめ、美術館・博物館での展示体験や、メタバース空間、バーチャルショールームなど、テクノロジーとクリエイティブを掛け合わせた新たな体験づくりに取り組んでいます。
XR技術を活用した空間演出や顧客体験の開発に関心のある方は、カディンチェの取り組みやソリューションをご覧ください。








