東京ガスグループ|戦略は描けた。なのに動けない。新規事業を前に進めた3つの転換点

戦略は描けた。経営にも承認された。なのに、現場が動けない。
新規事業や新商材の現場で、こんな経験はないでしょうか。多くの場合、戦略の精度の問題でも、現場の能力の問題でもありません。既存の仕組みが長い時間をかけて最適化されているからこそ、新しい取り組みは前に進みにくくなる。この構造は、どんな組織にも存在します。
では、その構造とどう向き合い、どう前に進めたのか。東京ガスエンジニアリングソリューションズ株式会社(以下、TGES)の新規DXソリューション展開の歩みから、3つの転換点が見えてきました。
お話を伺ったのは、TGESの多賀啓之さん、江川宇倫さん、そして外部から伴走した株式会社kasanari代表の坪田恭平さん。ファシリテーターはアマナの阿部澪が務めました。

戦略は、能力ではなく「立場の違い」で動けなくなる
阿部 澪(株式会社アマナ/以下、阿部):戦略と実行のあいだにギャップが生まれる現象は、特殊な問題ではありません。どんな組織にも構造的に存在します。
戦略は抽象度が高いまま現場に下りてきます。具体的なタスクへの翻訳ができなかったり、評価軸が共有されなかったりすると、戦略の内容自体は良くても、結果として実行されない。
このギャップを埋めるには、戦略を上書きするのでも、現場を鍛え直すのでもなく、両者をつなぐ「役割」を組織のなかに置く必要があります。
アマナが提供する「Great RIVER」は、創造性人材を組織内に「役割」として配置するサービスです。業務代行(Outsourcing)ではなく、役割配置(Role Placement)。今回の事例では、坪田さんがこの役割を担いました。
まず坪田さんに、創造性人材の視点から、企業のなかで何が起きているのかを伺います。



ビジネスプロデューサーとして、エンタープライズ企業のブランディングやコミュニケーション等において、デジタル領域を中心に様々なプロジェクトに参画。創造性の高い越境型人材を組織に提供するサービス「Great RIVER」の担当として、企業の変革を人材面から支援する活動にも従事。
立場が違えば、見えているものも違う
坪田恭平(株式会社kasanari/以下、坪田):企業のなかには、あちこちに溝があります。今回のテーマに沿うものを挙げるなら、大きく二つです。

一つ目は「企画と現場のあいだ」。企画は経営や戦略担当が立て、現場はそれを実行する人たちがいる場所。両者のあいだには、立場の違いから自然と認識のズレが生まれます。
二つ目は「新規と既存のあいだ」。事業・業務・スキル、すべてにこの軸があります。会社は新規事業を立ち上げたい。でも既存事業がうまく回っていればいるほど、「リソースは既存に集中させたい」という力学が働く。新規業務をやりたい人は組織のなかで少数派ですし、新規スキルへの移行も「慣れた業務を変えたくない」という抵抗にあいやすい。
つまり溝は、能力差ではなく、立場の違いから生まれている。この前提に立たないと、向き合い方を間違えます。
前に進めるために必要な、「論点整理」と「寄り添う対話」
坪田:この状況を前に進める方法として、私は二つが重要だと考えています。
一つは「全体論点整理と優先順位付け」。戦略を実行に移そうとすると、社内からさまざまな声が上がります。広がるほど議論はズレ、何のためのものかわからなくなる。だから先に目的に対する論点の設計図を描き、全体像を見せたうえで部門間で優先順位を決める。これが最初の一歩です。
もう一つは「寄り添うコミュニケーション」。新しい戦略には、現場の不安や戸惑いがついて回ります。「成績にならない」「評価につながらない」「既存業務が忙しい」。前向きになりにくい理由は、聞きに行けば必ず出てくる。相手のモチベーションが何で、何を優先すれば物事が進むのか。これを把握しないまま戦略を渡しても、実行には移りません。
本章のポイント
戦略は、それ自体の出来不出来で動かない。動くかどうかを決めているのは、現場の「立場」と「モチベーション」である。

アートとビジネス、具体と抽象をつなぐ人。京都大学経済学部、京都芸術大学卒業。関西電力、Accenture Strategyを経て、株式会社kasanariを創業。武蔵野美術大学内に拠点を構え、アートの思考・表現と戦略を組み合わせた独自のアプローチで、企業の新規事業創出・人材開発・ブランド構築を支援。「具体と抽象」をテーマに、アートの制作活動も並行して継続。
新規事業を前に進めた、3つの転換点
阿部:ありがとうございます。それでは、その立場の違いが実際にどう現れ、どう前に進めていったのか。多賀さん、TGESの歩みをお聞かせください。
多賀啓之(東京ガスエンジニアリングソリューションズ株式会社/以下、多賀):東京ガスグループは、いま「第三の創業期」を迎えています。
明かりを灯すためのガス供給に始まり、料理や暖房といった熱量提供へ。さらにガスから電力へと事業領域を広げ、エネルギー企業として成長してきました。そして今、エネルギーを軸としつつ、お客さまや地域社会の課題を解決する企業へと舵を切っている。その挑戦を象徴する事業ブランドが「IGNITURE(イグニチャー)」です。
私はこのなかで、現場の課題をデジタル技術で解決するソリューションを担当してきました。お客さまの現場に入り込み、ボトルネックを特定し、管理負担の軽減や生産性向上に貢献する。
とはいえ、新しい取り組みですから、最初から順風満帆だったわけではありません。振り返ると、進め方を切り替えた3つの転換点があったように思います。
転換点① 新規事業の価値を、会社の存在意義から語り直す
多賀:まず取り組んだのが、新ソリューションの価値の語り方を変えることでした。
新規のデジタルソリューションは、ガス事業と比べると規模も小さく、成長の蓋然性も示しにくい。営業担当者から見たとき、どうしても優先順位が上がりにくい。これは意識の問題ではなく、慣れ親しんだ既存事業の物差しで測れば、必然的にそう見えるというだけのことです。
そこで、既存の物差しではなく、会社の存在意義の側から意味づけ直すことにしました。
東京ガスグループの存在意義は「人によりそい、社会をささえ、未来をつむぐエネルギーになる。」。営業組織のありたい姿は「お客さまの第一の実行パートナーになる」。
デジタルソリューションはこの約束にどう貢献するのか。お客さまの困りごとを解決するだけでなく、その過程で新しい接点が生まれ、これまでアプローチできなかった課題に踏み込める。それを積み重ねれば、本当の意味での実行パートナーになれる。そう語りながら、社内に浸透させていきました。
事例が一つ生まれると、やる意義を実感する人が出てくる。実感した人が、また周囲を巻き込んでいく。価値の共有は、論理ではなく、納得の連鎖で広がっていくのだと実感しました。
転換点② 役割分担を、お客さまの課題起点で組み替える
多賀:次の転換点は、体制の組み方でした。
既存事業では、企画・開発・営業・システム構築・運用保守が機能ごとに分かれ、効率的に回っています。長い時間をかけて整えてきた、優れた仕組みです。
ただ、新規と既存では、最適な役割分担の形が違う。新規で同じ分業をすると、引き継ぎや認識合わせに時間がかかり、スピードが出にくくなります。
これは予測していたので、開発・構築・運用は最初から一気通貫で進める体制にしていました。営業は強い既存営業部に任せる、と。
一定の成果は出ました。ただ、目の前の課題対応に追われるうちに、お客さまが本当はどこを目指しているのか、寄り添うべき本質の試行錯誤ができていないことに気付きました。
そこで昨年、江川には技術支援ではなく営業支援の専任になってもらいました。技術がわかる人間が、営業の現場に深く入る。すると、提案から成約までのスピードと成約率が、両方上がっていきました。
機能で切り分けるのではなく、お客さまの課題を中心に役割を再設計する。これが二つ目の転換点でした。
転換点③ 個人の経験を、組織の「型」に変える
多賀:三つ目は、蓄積の仕方です。
一気通貫で動くと、スピードは出る。一方で、動いた人にノウハウが集中しやすい。これは新しい取り組みなら自然に起きることですが、このままでは組織として横展開する道筋が見えにくくなります。
ここで坪田さんに入っていただきました。営業経験のあるメンバーと、ないメンバーを巻き込んで、営業モデルの「型」を一緒に作る。完成したものをすぐ営業現場で試し、フィードバックを回しながらブラッシュアップしていく。
結果として、この型はデジタルソリューション専用ではなく、IGNITUREブランド全体で使える汎用モデルとして営業組織に認められました。今年度からは、これをベースに実行パートナーになるためのプロセスKPIが設定され、営業パーソンが主体的に新規ソリューションに取り組める環境が整ったところです。
本章のポイント
新規事業が前に進むかどうかは、能力ではなく「転換」で決まる。
① 価値を、既存の物差しではなく会社の存在意義から語る
② 役割を、機能別ではなくお客さまの課題起点で組む
③ 経験を、個人にとどめず組織の「型」にする

サッポロビール株式会社にて生産技術部門のエンジニアとして工場・本社での業務を経験後、2021年に東京ガス入社。現在は、製造業や施設管理領域のお客さまに対し、現場課題の整理を起点に、デジタル技術を活用したソリューションの開発から技術営業、設計建設、運用保守までを担い、企画と実行、経営と現場をつなぐ課題解決に取り組んでいる。
外部コンサルでも、内部だけでもない。「役割を組織に置く」という選択肢
阿部:TGESの皆さんは、なぜ一般的なコンサルではなく、Great RIVERに声をかけてくださったのでしょうか。
江川宇倫(東京ガスエンジニアリングソリューションズ株式会社/以下、江川):昨年は、先がまったく見えないなかで答えを模索していて、荒療治のように現場に出ていこうという段階でした。
少しずつ見えてくるものはありました。けれど、それを言語化していくときに、どうしても社内の価値観に寄ってしまうと感じていたのです。
この状況を変えるには、外の知見を社内に持ち込むしかない。とはいえ、一般的なコンサルの伴走では「アドバイスはもらえるが、現場の動きは変わらない」という事態になりかねない。新しい視点を持った人が、組織のなかに入って一緒に手を動かしてくれるスタイルが合っていると考え、Great RIVERにお願いしました。

ENEOS株式会社にて設備保全エンジニア・DXプロジェクトリードとして工場・本社を経験後、2023年に東京ガス入社。現在は、製造業向けのデジタルソリューションの技術営業として、お客さまの現場課題整理の支援を担当。また、デジタルソリューションの営業ノウハウ開発や浸透企画について計画・実行を行い、自組織内の新しい文化醸成と課題解決に取り組んでいる。
伴走者が、最初にやったこと
阿部:坪田さんは、伴走の初期に何から手をつけたのでしょうか。
坪田:全体の論点整理です。
皆さん、パッションを持って進めていらっしゃった。ただ、思いだけがベースだと、営業部に持っていったときにまた新しい立場のズレが生まれる。少し引いた視点が必要だと感じました。
論点は四つに整理しました。
論点 | 内容 |
|---|---|
① 商品設計 | 何を、どう価値として届けるのか |
② 組織の業務設計 | 誰が、どの役割で動くのか |
③ 営業戦略 | どのお客さまに、どう提案を届けるのか |
④ 人材育成・評価制度 | 動き続けられる仕組みをどう作るのか |
既存の取り組みは①から③はおおむね揃っていました。一方で、営業部の立場から見たときに、彼らが前向きになれる設計になっているか。つまり④が手薄だった。ここを補強する提案をしました。
優先順位をつけ、営業の皆さんの声を聞きながら進める。シンプルに見えますが、社内の人だけで進めると、この「引いた整理」がしにくいのです。
多賀:我々はパッションで突っ走っているところがあったので、最初に論点を整理してもらえて、抜けていた視点に気付けたのは大きかったですね。
2カ月で営業が走り出せることをゴールに決め、スケジュールも切って、すぐに現場に聞きに行く。そういう動き方ができたのも、坪田さんに入っていただいたからです。
江川:坪田さんに支援していただいてから、これまで自分たちでチャレンジしてきた方向性への不安が、一気に取れたのです。
どの方向に走ればいいかわからないなかで、とにかく走り出そう、というフェーズでした。そのとき大事だったのは、どれだけ小さくてもいいので、成功体験をメンバーのなかで共有していくこと。
そして、自分たちの考えが社内の視点だけにとどまっていないか、戦略的に妥当か。それを坪田さんが客観的に見てくれていたので、安心して進められた。これが本当に大きかったです。
本章のポイント
外部コンサルは「アドバイス」を残す。内部だけでは「視点が寄る」。
第三の選択肢は、外の視点を持った人が、組織のなかに役割を持って入ること。
Great RIVERは、この第三の選択肢を設計・実装するサービスである。

「向こう側にいる人も、目指す場所は同じだった」
阿部:これからどんな人材や組織が必要だと感じていらっしゃいますか。
坪田:AIの普及で、戦略はそれなりのものが描けるようになります。けれど立てた戦略をどう実行するかとなったとき、効くのは「人を巻き込む力」です。
人々の感情を動かさなければ、戦略は動かない。動かすためには、相手のことを理解し、気持ちを汲み取らなければいけない。
東京ガスさんがすごいのは、そこが自然とできていたことです。営業の方と当然のようにヒアリングして、受け止めて、改善する。その営みが、組織のなかに文化として根付いていました。
江川:私は、周りを巻き込む力だと思います。
自分の経験を振り返ると、実行のフェーズでは必ず難所が出てきます。そのとき、難所にぶつかること自体を楽しめる人が、どれだけ高い壁でも前に進んでいける気がします。
多賀:向き合ってみると、向こう側にいる人も仲間なのだと気付けたのが、いちばん大きかったですね。
相手には相手の価値基準や状況がある。でも、実は目指しているところは一緒だから、この部分は協力できる、と見えてくる。突っぱねられたとしても、なぜダメなのかを聞きに行って、その裏にあるものを確認したほうがいい。
立場の違いはなくならない。けれど、向こう側にいる人の目指す場所まで見えてくると、自分はどちら側にも立てる。苦しさが減って、前向きに取り組めて、成果につながっていく。そう実感しました。
坪田:多くの場合は、戦略を描いて実行に落とし込む、という順番で考えます。けれど本当は、実行する側のモチベーションをつかむことが先なのかもしれません。
踏み出しにくかったり、不安を抱えていたりする。でも、その人のポジティブな部分を見つけてあげると、相手も前向きになれる。そこから組織の連携が始まり、和やかに進んでいく。
多賀:伴走支援を受けて感じたのは、我々が提供しているデジタルソリューションも、まさに同じことをやっているということでした。
課題は見えているけれど、どこから手をつけていいかわからない。そんなお客さまに対して、外の視点で論点を整理し、ありたい姿への道筋をつける。坪田さんから受けたものを、我々はお客さまに提供している。そう気付けたのが、大きな収穫でした。
本章のポイント
立場の違いはなくならない。けれど、進め方の転換を一度経験した組織は、次の局面も自分たちで切り替えていける。
伴走支援のゴールは「成果物の納品」ではなく、「組織が動き方を獲得すること」である。
AI時代に、人を動かすのは何か
阿部:最後に、これから挑戦したいことを伺えますか。
江川:今までの取り組みを加速させながら、それを世の中に発信していきたいです。新しい発見や思わぬつながりが、会社の事業に貢献してくれることが多々あると思うので、これまで以上に広めていけたらと考えています。
多賀:今やっているソリューションが立ち上がりつつあるので、いかに流れを継続して事業成長させていけるか。その中心にデジタルソリューションがある状態を目指したいですね。
今回、こうした場に初めて登壇しましたが、自分の発信力をつけることは、自分にも会社にも返ってくると感じました。「あの人が担当しているんだ」と認識してもらえれば、提案にも説得力が生まれる。発信にも挑戦していきたいと思います。
坪田:まずは東京ガスの皆さんの取り組みを、しっかり前に進めること。そしてもう少し広く言うと、会社で働く人が、前向きに誇りを持って仕事をできる状態を作っていきたい。
AIが進化していくなかで何が大事になるかと考えると、自分のやりたいことを明確にし、それを人に伝え、ストーリーとパッションで導いていく力だと思うんです。新規事業はパッションがないと失敗する。だからこそ、そのモチベーションを高めること。そして、モチベーションさえあれば前に進める戦略や仕組みを整えること。この両輪が必要です。
楽しいと思えることに、素直に取り組める。そうすれば仕事は自然と前に進んでいく。そんなあり方を、もっと多くの組織で実現していきたいですね。

「役割を組織に置く」という発想
阿部:ありがとうございました。
今日のお話で見えてきたのは、新規事業が前に進むかどうかを決めているのは、個人の能力ではなく、組織の進め方の設計だということでした。
価値の語り方、役割分担の組み方、経験の残し方。
これら3つの転換点を支えたのは、社内で重ねてきた試行錯誤の土台です。その蓄積があったからこそ、外部の視点を触媒とすることで、自分たちが積み上げてきた価値に確信を持って整理でき、更なる成果へと結実させることができました。
そして、その切り替えを支えたのは、戦略を上書きするコンサルでも、現場を動かす管理職でもなく、組織のなかに入って、論点を引き直し、現場と寄り添いながら、戦略と実行をつなぐ伴走者でした。坪田さんがTGESで果たした役割は、まさにそれです。
Great RIVERは、この役割を「人材」ではなく「機能」として組織に配置するサービスです。業務代行(Outsourcing)ではなく、役割配置(Role Placement)。組織のなかに欠けている役割を、創造性人材として配置することで、戦略と実行のあいだに架け橋を作っていきます。
もし皆さんの組織でも、「戦略は描けたのに動けない」という状態が続いているなら、それは能力の問題ではなく、進め方を切り替える役割が、まだ置かれていないからかもしれません。今日のお話が、そのヒントになれば幸いです。
本日はありがとうございました。
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Great RIVERは、目標を達成するための創造的な組織を共に創り上げるサービスです。各分野のプロフェッショナルである創造性人材が企業と一体となり、社内だけでは補えない視点や専門性、新たな視点や発想を持ち込みながらプロジェクトの基盤を支えます。
<Great RIVER Case Study アマナオンラインセミナー開催概要>
スピーカー:多賀啓之、江川宇倫(東京ガスエンジニアリングソリューションズ株式会社)、坪田恭平(株式会社kasanari)
ファシリテーター:阿部澪(株式会社アマナ)
開催:2026年4月
取材撮影:INFOTO







