不自由をデザインする――制約と摩擦が、創造性と愛着を生む

この記事でわかること
・クリエイティブ制作において「制約」が創造性を飛躍させるメカニズム
・ユーザー体験(UX)において、あえて残すべき「摩擦」と消すべき「摩擦」の違い
・シグナリング理論から読み解く、ユーザーのブランドに対する「愛着」の作り方
・アマナのアートディレクターが実践する、能動性を引き出すデザイン思考
ビジネスにおけるデザインの役割は「使いやすさ」や「効率化」だと思われがちです。しかし、すべての摩擦を取り除くことが、本当に良いブランド体験(CX)につながるのでしょうか?
本記事では、アマナで数々のブランドコミュニケーションを手がけるアートディレクターの徳増勇太が、「制約」と「摩擦」という一見ネガティブな要素に注目。あえて「不自由」をデザインすることが、いかにしてクリエイティブを飛躍させ、ユーザーの深い愛着を生み出すのか、独自の視点で紐解きます。
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デザインは、長いあいだ「不自由をなくす仕事」として語られてきた。使いやすくする。わかりやすくする。迷わせない。余計な手間をなくす。それ自体は間違っていない。でも最近、むしろ逆のことを考えるようになった。すべてを自由にして、すべてを便利にすることが、本当に良いデザインなのだろうか。
この疑問を考えるうえで面白いのが、「制約が創造性を生む」という考え方と「シグナリング理論」だ。一見するとまったく違う二つの考え方だが、並べてみると、どちらも「不自由が人間を能動的にする」という共通点を持っている。
クリエイティブにおける「制約」は、可能性を狭めるものではない
認知科学者パトリシア・ストークスは、創造性と制約の関係を研究してきた。「自由に椅子をデザインしてください」と言われるより、「脚を使わずに椅子を作ってください」と言われた方が、急に思考が動き始める。自由であれば何でも考えられるはずなのに、実際には人間は自分がすでに知っている「椅子らしい椅子」に向かいやすい。ところが脚という既知の解法を禁止された瞬間、壁から吊るす、身体に装着する、床そのものを変形させる、といった別の場所を探索し始める。
つまり制約の役割は、可能性を狭めることではない。むしろ、凡庸な答えへ向かう道を塞ぎ、それまで見えていなかった可能性へ人を押し出すことにある。
これはアートディレクションにもかなり近い。ブランドのユーザーや人格、競合、目的などを整理していくと、「このブランドならここまではやる」「これはやらない」という範囲が見えてくる。これも制約だ。ただし、この制約は主に「間違わないため」に機能する。ブランドらしくない表現を排除し、探すべき場所を限定するためのものだ。
しかし、それだけでは「正しい表現」にはたどり着けても、「面白い表現」にたどり着けるとは限らない。
ブランド表現における「正しくする制約」と「飛躍させる制約」
たとえば「人間の温かさを表現する」という方向性を決めたとする。普通に考えれば、笑顔の人物、手書き文字、暖色、柔らかな光などが出てくる。どれも間違ってはいない。でも、かなり想像できる。
そこで「ただし、人物は禁止する」という制約を一つ加えてみる。
すると急に思考が始まる。人がいないのに、人間の温度をどう感じさせるのか。誰かがいた痕跡なのか。使い込まれた物なのか。文章なのか。光なのか。二つの物体の距離なのか。最初に思いつく答えへの道を塞いだことで、それまで探索していなかった場所を探し始める。
ここには二種類の制約がある。一つは「正しくするための制約」。もう一つは「飛躍させるための制約」だ。前者はらしくないものを排除し、後者はありがちなものを排除する。
「若い人に届けたいから、軽やかな表現にする」は前者だ。しかし「若い人に届けたい。ただし、“若者っぽい表現”は禁止する」となると後者になる。「情熱を表現したい。ただし、赤は禁止」「高級感を出したい。ただし、黒、金、明朝体は禁止」「未来を感じさせたい。ただし、CGは禁止」。
目的には忠実なまま、そこへ向かう最もありがちな手段だけを封じる。
ブランド戦略を丁寧に作れば、表現の精度は上がる。しかし「間違っていない」と「面白い」は別だ。だから戦略から導かれる制約のさらに先に、もう一枚、クリエイティブを飛躍させるための制約をつくる。
良いアートディレクターとは、答えを教える人ではなく、こうした「良い制約」を発明する人なのかもしれない。
ユーザー体験(UX)にも「不自由」が必要な理由とは?
そして、この「不自由によって人が能動的になる」という構造は、作り手だけの話ではない。使い手にも同じことが起きる。
そこでつながってくるのが、シグナリング理論だ。
人は、自分の性質や価値観を、行動や所有物を通して他者に伝えている。「自分はこういう人間です」というシグナルだ。そして時間、お金、知識、努力などのコストを伴う行動は、簡単には真似できないからこそ、そのシグナルに説得力を持たせる場合がある。
「音楽が好きです」と言うことは簡単だ。しかし部屋に1,000枚のレコードが並んでいれば、その人が音楽に相当な時間を費やしてきたことが伝わる。レコードはストリーミングより圧倒的に不便だ。棚から選び、ジャケットから取り出し、針を落とし、片面が終われば裏返さなければならない。それでも、その手間まで含めて音楽との関係になっている。
カメラ、自転車、万年筆、コレクションなどにも似たところがある。便利だから好きなのではない。知る、選ぶ、集める、手入れする、使いこなす。そこに時間を使っているからこそ、「これは自分の好きなものだ」という自己認識も強くなっていく。
デザインにおける「摩擦」は、すべて取り除くべきなのか
ここで「摩擦」という言葉が重要になる。
デザインでは通常、摩擦は取り除くべきものとして考えられる。クリック数を減らす。入力を簡単にする。迷わないようにする。それは必要だ。しかし、摩擦をすべて取り除けば、ユーザーが関与する場所までなくなってしまう可能性がある。
自分で組み立てた家具。癖を理解しながら使ってきた道具。手入れしながら乗っている自転車。時間をかけて集めたコレクション。そこには効率とは別の価値がある。
もちろん、すべての摩擦に価値があるわけではない。銀行振込の操作がわかりにくいことや、券売機で目的のボタンが見つからないことに価値はない。意味のない摩擦は消した方がいい。
では、何を残すべきなのか。
一つの基準は、その摩擦を越えることで、ユーザーと対象との関係が深くなるかどうかだと思う。使いこなす。選ぶ。育てる。待つ。手入れする。理解する。参加する。こうした行為が体験そのものを豊かにするなら、その摩擦には意味がある。
制約は作り手に、摩擦は使い手に働く
ここで「制約が創造性を生む」という考え方と、シグナリング理論が一本につながる。
制約は、作り手に対して働く。摩擦は、使い手に対して働く。
制約によって、作り手は考えざるを得なくなる。摩擦によって、使い手は関わらざるを得なくなる。どちらも一見すると自由や便利さを奪っている。しかし、その不自由によって、人間が受動的な状態から能動的な状態へ変わる。
すべてを自由にすれば、作り手は自分が知っている解法へ逃げることがある。すべてを便利にすれば、使い手は何も考えずに通り過ぎることができる。
つまり、自由や便利さは人間を解放する一方で、人間が「参加する余地」まで奪ってしまうことがある。
そう考えると、デザインの役割は「不自由をなくすこと」だけではないのかもしれない。どこを自由にして、どこを不自由にするのかを決めること。作り手には、凡庸な答えへ簡単に逃げられない制約を与える。使い手には、自分から関わりたくなる程度の摩擦を残す。そうすることで、作る側にも使う側にも参加が生まれる。
良いデザインは「不自由」を設計する
良いアートディレクターは、良い制約を発明する。良いデザイナーは、良い摩擦を設計する。
どちらにも共通しているのは、不自由を悪として扱っていないことだ。むしろ、どんな不自由なら人を動かせるのかを考えている。
デザインとは、すべてを簡単にする仕事ではない。人間が考えたり、選んだり、工夫したり、習得したり、愛着を持ったりする余地を意図的に残す仕事でもある。
「どうすればもっと自由にできるか」ではなく、「どんな制約なら、もっと遠くへ行けるか」。
「どうすればもっと便利にできるか」ではなく、「どんな摩擦なら、もっと深く関わりたくなるか」。
創造性や愛着は、自由や便利さの中だけにあるわけではない。
適切に設計された「不自由」の中にも、人を動かす力がある。
文:徳増勇太(アマナ)
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